花は紅、柳は緑  江南の春

3月上旬、海南島(中国海南省)での仕事の帰り、杭州(浙江省)に立ち寄って、1日散策してきました。1997年3月に1ヶ月の中国語学研修の帰路に訪れて以来10年ぶりです。当時は高い建物もあまりありませんでしたが、いまや高層ビルが林立し、この間の経済発展を物語っていました。風光明媚な西湖の周辺は、大変整備され、観光地化していましたが、それでも昔の面影をあちこちに残していました。

   天有天堂、地有蘇杭  天上にはパラダイスがあるよう、地上には蘇州と杭州がある

江南地方(揚子江の南側)の美しさをたとえる中国の諺ですが、単に自然が美しいだけでなく、かつて南宋の首都で、マルコポーロが訪れた商都でもあった杭州には文化の香り漂っています。
到着した日はよい天気で、多くの観光客が湖の周りを散策したり、自転車に乗ったりしていましたが(中国は観光ブームで、観光地向け飛行機はほぼ満席)、翌日はあいにくの雨。おかげで天国もかくばかりと、ほとんど人のいない西湖を満喫できました。

(モモ)

紅の「花」は桃花のこと。
中国の国花は牡丹ですが、古来より梅や桃のほうが庶民には人気があったようです。
(牡丹は実がなりませんが、桃や梅は実がなり、食用・薬用になるし、長い冬が明けたという楽しさが伝わってきます)


(杭州市西湖畔 【花港観魚】) 花港観魚は【西湖十景】のひとつ

この背景に写っているのが、「蘇堤」【蘇堤春暁】。宋代の大詩人 蘇東坡が役人時代に造営したものです。また、湖の北には同じく詩人の白居易が作った「白堤」【断橋残雪】があります。
桃は「桃源郷」の言葉にもあるように、不老長寿のシンボルで、このせいか、回春効果があると考えられてきました。「桃太郎」伝説も桃源郷から流れてきた桃を食べた老婆が子供を産んだという回春譚がベース。実の形も何かに似ていますね。
唐の詩人、王維「田園楽 其六」
    桃紅復含宿雨
  柳緑更帯春煙
  花落家僮未掃
  鶯啼山客猶眠

 桃は紅にして また宿雨を含み、
 柳は緑にして さらに春煙を帯ぶ。
 花落ちて 家僮 未だ掃わず、
 鶯啼いて 山客 なお眠る。

人工の桃源郷 (春煙の中、岸辺の桃と柳)           (杭州市西湖 【柳浪聞鶯】)
 
海棠(カイドウ)

紅色の花は桃ばかりではありません。
中国では牡丹と並んで最も好まれる花です。
江戸時代の漢詩家、尾池桐陽が作った
「雨中海棠」
芳園三月雨濛濛,  
露蘂煙英漸放紅。  
想見華C初出浴,  
嬌姿無力立春風。

雨に濡れる海棠を見て、楊貴妃が華清池で湯浴みして、
玄宗皇帝から寵愛を賜った時の初々しさを詠ったなまめかしい歌。しとど濡れています。(訳はここを参照

紅花常盤満作(ベニバナトキワマンサク)

これも中国が原産の花。  (杭州市西湖畔 【曲院風荷】)

日本で春一番に咲く黄色い満作は、日本原産です。
  日本の満作
  (千代田区皇居)
 
     花蘇芳(ハナズオウ)

学名にchineseを持つ中国原産のマメ科の花。江戸時代に日本に漢方薬として持ち込まれて、今では日本の春の庭を飾ります。    (杭州市西湖畔 蘇堤【蘇堤春暁】)
         
木蓮(モクレン)

中国原産の花は紅色というより「紫」系の赤い色。
木蓮は地上で最も古い花のひとつで、1億年前から今の姿で咲いています。また、花言葉は「自然への愛」「持続性」。まさにサスティナブルです。


  (杭州市西湖畔)

中国人は赤い色(紅色)が大好き。おめでたい色で、新年に門の両側に掛ける掛け軸(双連)も赤なら、中国の国旗(五星紅旗)も赤です。電話も、車でも赤くするとよく売れます。1億円近いフェラーリが売れるのも、赤い色だからです!? でもこの季節 赤い花を探してみたら・・・ありました。

    
 椿(ツバキ)

Camellia Japonicaが学名の椿は日本原産。これは日本からの逆輸入。花に限らず、本場の漢字だって、結構日本から取り入れています。「経済」「競争」(かの福沢諭吉の発明)、「倶楽部」(クラブ)など。最近では「寿司」。魚が偏につく字も多くが日本産です。

              (杭州市西湖畔 【柳浪聞鶯】)

緑は赤の補色。漢詩の楽しさは、韻を踏む音の楽しさだけでなく、色調の美しさにもあります。たとえば唐の詩人、賈至の「春思」。意味はわからなくても、彩を感じることができます。(高校で習う漢文は音読みなので、中国語の韻は感じられませんが、アルファベットのピン韻ではhuang, xiang, changと韻を踏んでいることがよく分かります)

 草色青青柳色黄  cao se qing qing liu se huang
 
桃花歴乱李花香  tao hua li ruan li hua xiang
 
東風不為吹愁去  dong feng bu wei chui chou qu
 
春日偏能惹怨長  chun ri pian neng re yuan chang

  芽生えたばかりの草は青青として 柳の新芽は黄金の色に輝く
  桃の花は一面に咲き乱れ、すももの花は良い香りを漂わせる
  春の風は私のために愁いを吹き払ってはくれず、
  むしろ春の日は憎らしくも、私に悩ましい気持ちばかりを起こさせる。
      (翔さんのBlobより拝借。ココを参照)

この詩では、柳は黄金色といっていますが・・・
 
(ヤナギ)

花はやはり黄色でした。

中国の諺に「食在広州」(食は広州にあり)がありますが、この後には「死在柳州」が続きます。柳州は広西省の都市で古くから良い棺材が取れる所でした。生きているうちに棺おけを用意しておくと、あの世では幸せになれるといわれています。棺おけの表面には「寿」と書き込みます。この諺の全文は・・・
「生在蘇州、食(吃)在広州、穿在杭州、死在柳州」


 さて、美女や素敵な住まいはどこに(在那里)?

(杭州市西湖 【曲院風荷】)
  江南は水が良く似合います。

(杭州市西湖 【柳浪聞鶯】)

中国では、黄色は高貴な色。皇帝を表す色です。理由は簡単、中国の発音では、黄も皇も同じhuang(ファン)。
中国の春を彩る黄色の花なら、断然この花。
黄梅(オウバイ)

中国では「迎春花(ying chun hua)」と呼ばれ、春を告る花です。日本では三椏が相当します。
(杭州市西湖畔  【花港観魚】)

日本の三椏(ミツマタ)
 (千代田区皇居)
連翹(レンギョウ)

朝鮮連翹などいくつかの亜種があります。
これは本場の支那連翹。
細い花弁が下を向いて咲いているのが特徴。


(杭州市西湖 【柳浪聞鶯】)
 
赤→黄→? で 色の三原色(小学生のころ習いましたね)です。
空の色、水の色、山の色・・・そして花の色。
紫華鬘(ムラサキケマン)

華鬘とは仏具の飾りのこと。唐代、宋代の浙江省は仏教文化が盛んで、日本から多くの留学僧がやってきました。
浙江省中部にある天台山で学んだ最澄はのち、比叡山延暦寺を開きました。
日本の山野にも自生しています。


(杭州市西湖 【柳浪聞鶯】)
紫花菜(ムラサキハナナ)

日本でも春先に良く見かけます。
オオアラセイトウ、ダイコンバナと色々な名で呼ばれます。
仏教と同じくインターナショナルです。
ひょっとした最澄の袖に隠れて一緒に渡来したのでは・・・

(杭州市西湖 【柳浪聞鶯】)

色の三原色をすべて混ぜると真っ黒になりますが、光の三原色(赤、緑、青)を混ぜると白になります。
白は中国人にとって不吉な色。かつて子供の幽霊(キョンシー)が出てくる香港映画がありましたが、着ているものは白。京劇でも白いマスクは「悪玉」です。その代表例が「曹操」(「曹操の噂をすると曹操がやってくる」という中国の諺があるくらい嫌われています。日本でも同じような諺がありますね)反対に善玉やヒーローは赤で、「覇王別姫」に出てくる項羽は赤い面です。

白い花にとってそんな評価は迷惑至極。
大手鞠(オオデマリ) (杭州市西湖 【柳浪聞鶯】) 木瓜(ボケ)  (杭州市西湖畔 【花港観魚】)

そして・・・(サクラ)

反日活動のため、白い桜を植えている訳ではなく単に山桜系の白い桜花。1995年3月に岐阜さくら会(映画監督の神山征二郎氏が岐阜を舞台にした映画「さくら」の撮影を機に結成。各国で桜の植樹活動をしている。詳細はココをクリック)が植樹したもの。
杭州市と岐阜市は友好姉妹都市、市内には岐阜資本の入った「杭州友好飯店」や西湖畔の「日中不再戦記念碑」があります。
(杭州市西湖 【柳浪聞鶯】)

折角の西湖。風光明媚な十景(詳細はココをクリック)のいくつかを(10年前の映像もあります)ご覧ください。
西湖周辺の地図はこちらを参照
白堤と【断橋残雪】 (1997年)
【平湖秋月】ベランダから月見る名所 (1997年)
【双峰插雲】 霞んで山が見えません
【柳浪聞鶯】 南宋時代、皇帝の御苑


【曲院風荷】蓮の公園 (1997年)
霞む【蘇堤春暁】と【雷峰夕照】

題字の「花は紅、柳は緑・・・」は、蘇東坡の禅に関する詩文と逸話、仏印禅師との問答を収録した『東坡禪喜集』の
  柳緑花紅真面目 から取ったもの。
柳は緑で当たり前だし、花が赤いのも当然のことだ。(くよくよせずに)あるがままに生きよう

よく法話の題材にとりあげられます。この詩をベースに日本の高僧たちも
一休禅師: 見るほどに みなそのままの 姿かな 柳は緑 花は紅
沢庵禅師: 色即是空 空即是色 柳は緑 花は紅 水の面に 夜な夜な月は通へども
     心もとどめず 影も残さず


お天気同様、少しウェットですね。

「花も、団子も」の私にとって、もうひとつの杭州旅行の目的は・・・・
杭州には「美味しいもの」がたくさんあります。京都と同じように古い都の伝統でしょうか。その上、お味もあっさりとしていて日本人向けです。
蘇東坡を記念して  東坡肉(トンポーロー)

とても柔らかく深みのある味。10元=150円! 
西湖の桂魚を使った 西湖醋魚(ツォユー)

40cmある川魚の甘酢餡かけ。75元。味が大味になった?
この他、青菜とビール、そして西湖名物のお茶、〆て112元(約1,700円)
食事をした場所は、東京の赤坂や六本木にある楼外楼の本店(?)が西湖の北岸「平湖秋月」の近くにあります。10年前は木造3階建てでしたが、今や鉄筋コンクリート造りの大レストランです。

 10年前→

もう一軒市内にある知味観でも食べました。こちらはずっと庶民的ですが、以前に比べて店内が格段に綺麗になりました。ここで食べたのは
えびの剥き身をお茶で茹でた 龍井蝦仁
鰻のから揚げ
そして ジュンサイのスープです
店内の様子
注文数が多い分 少し高く ビールを入れて全部で約150元(2,250円) ご馳走様でした。

中国の高級緑茶「龍井茶」の新茶もちゃんと買ってきました。
前回は西湖の西の山中にある龍井村まで出かけてゆき、農家から朝取れの茶を買ったのですが、今回は雨のため茶店で買いました。事務所の冷蔵庫で保管中です。いらっしゃったとき是非お味見ください。

杭州からの帰路は10年前同様、鉄道で。以前は上海まで快速でも5時間もかかっていましたが・・・今では1時間です。それはこの列車に乗ったからです。

「中国製」とのことですが、日本でも乗ったような・・・
10年前はこの列車で。当時の最新鋭機関車です。

おかげで車窓からこんな景色を失ってしまいました。

中国の観光地整備は急速に進んでいます。欧米式の庭園管理を取り入れて、見た目は綺麗になっていますが、その分「自然らしさ」が少なくなっています。花の種類も日本に比べると大変少ないようです。
やはり体制や統制経済の影響でしょうか・・・それともないものねだりでしょうか。


3月中旬、日本に帰りました。2月が異常に暖かくて、中国に行っているうちに桜が散ってしまうのではないかと心配していましたが・・・・お天道様はちゃんと帳尻を合わせてくれました。

染井吉野(ソメイヨシノ) (新宿区新宿御苑)


「なに花な?」コーナー
今回もいくつか中国の花で名前が分からない花がありました。これまで撮った中にも名称不詳の花がたくさんあります。
例えば・・・

@ A

「何かな、なに花な?・・・」のページにも不明な花の写真を載せてありますので、もし、ご存じならば教えてください。
ココをクリック、または http://www.insite-r.co.jp/Flower/unkown/

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