いずれ綾目か、杜若

どちらも優れていて甲乙つけがたい」という喩えでよく使われますが、特に美人を選ぶ時に引用されることが多いようです。それもそのはず、出所は「源平盛衰記」巻16の6にあり、鳥羽院が、寵愛の女房 菖蒲前(あやめのまえ)に懸想した源三位頼政を試そうとして、菖蒲の前に似た女官2人に同じ装束を着けさせ、3人を並べて、「彼女を当てたらあげるよ」と難題を出したところ、頼政が

  
五月雨(さみだれ)に 沼の石垣水こえて 何れかあやめ 引きぞわづらふ

と即妙に返歌すると、鳥羽院は大いに感激して、自ら菖蒲の前の手をとって頼政に賜ったことから。
しかし、頼政は本当に誰が菖蒲の前か分からなかったのか、それとも鳥羽院に遠慮したのか・・・・「恋は盲目」ですが、愛する人は何億人の中でもすぐ分かるもの。さすれば、わからぬ振りをして鳥羽院を感激させて、まんまと菖蒲の前を手に入れた頼政、鵺(ぬえ)退治や宇治川の戦い(平等院で自害)で勇猛を鳴らした武将に似ず、業平ばりのなかなかの色好みだったようです。

さて、菖蒲(ショウブ)と書いて「あやめ」と読ませていますが、ショウブと「あやめ」はまったく別種。ショウブはサトイモの仲間で、端午の節句に飾ったり、菖蒲湯にしたりする香の良い草です。「あやめ」の仲間には、杜若(かきつばた)、花菖蒲(はなしょうぶ)、野花菖蒲、黄菖蒲、一初などがありますが、それぞれ特徴があり、識別できます。識別方法は こちらのURL「植物園へようこそ」(クリック)
をご覧ください。(それでも、杜若と野花菖蒲は見分けるのが難しい)

各地に「あやめ園」や「菖蒲園」がありますが、咲いている花はほとんどが「花菖蒲」。でも、「あれか、これか」を気にせず、「あれも、これも」でおおらかに楽しんでください。

花菖蒲
(ハナショウブ)

(名:野川の辺り)

原種の野花菖蒲を品種改良して観賞用に作った花。比較的簡単に新種をつくることがです(2000種以上あります)。
江戸時代では花菖蒲栽培は菊と同じように武士や町人の趣味のひとつでした。
旗本松平左金吾定朝(菖翁)が活躍したり、堀切菖蒲園が作られたのは江戸時代末期です。



(山形県長井市あやめ公園)

山形県長井市には長井古種といわれる比較的古い種の花菖蒲があり、100万株以上咲く最大の花菖蒲園です。 山形県長井市あやめ公園

花菖蒲は、栽培・改良された所の違いで、江戸系、伊勢系、肥後(熊本)系と大別されます。また、形や色の違いでいろいろな名前がつけられています。名前の連想はどこから来るのでしょうか。

追風(オイカゼ)    (足立区菖蒲沼公園) 堀切の夢(ホリキリノユメ)  (葛飾区堀切菖蒲園)
 
業平(ナリヒラ)   (葛飾区堀切菖蒲園)
「業平」は伊勢物語に登場する在原業平からとったもの。
能に「杜若」という在原業平の東下りをテーマにした曲がありますが、花菖蒲にその名を残されて少し困惑の態です。
この他、「杜若」から採られた名前は「源氏蛍」や「雲の上」があります。
                      (足立区菖蒲沼公園)
   源氏蛍              雲の上
町娘(マチムスメ) (葛飾区堀切菖蒲園)

東京川の手(隅田川・荒川沿いの地区)には有名な菖蒲園が多くあります。武士や裕福な町人の手によってさまざまな花菖蒲が作られましたが、これもその一種。町娘の楚々たる美しさがありますね。
美吉野(ミヨシノ) (葛飾区堀切菖蒲園)

品種改良が簡単だといっても、花の色を思い通りに出すのはなかなか難しいことです。特に、ピンクは劣性遺伝なためなお更ですが、これは吉野の桜に例えたもの。

          

  愛知の輝き
(アイチノカガヤキ)  

品種改良は花菖蒲間の交配はもちろん、アヤメやカキツバタなど近隣種とも行います。これは黄菖蒲との交配種。昭和に作られました。

  (足立区菖蒲沼公園)


では、その片親である  

黄菖蒲
(キショウブ) (世田谷区岡本親水公園)
色こそ違いますが、姿かたちは杜若に良く似ています。
しかし、この種はヨーロッパ原産の外来種。
青い目ならぬ、黄色い顔の外国種。
(今では全国いたるところで繁茂しています)

上記の「愛知の輝きは」混血児だったのです。



花菖蒲のご先祖様は野花菖蒲。これだけ自在に色や形の違う子孫を残せたのは余程柔軟な遺伝子を持っていたのでしょうね。
 
野花菖蒲(ノハナショウブ)  (港区赤坂 檜町公園)
東京ミッドタウンの庭に造られた人工池に咲く野花菖蒲。当然ながら野生ではありませんが、野生種に近い姿です。
花の足元には睡蓮が開きかけていました。

旧暦5月5日(新暦だと6月上旬)は端午の節句。古来、ショウブ(菖蒲)や蓬(よもぎ)を軒端に飾って、魔よけをしました。これはショウブに芳香があり、また、根も生薬(菖蒲根:食あたり,風邪,頭痛薬に効く)となるため「霊験」があると見られたからです。現在でも「こどもの日」の菖蒲湯にこの風習は残っています。
 
菖蒲(ショウブ)  (世田谷区桜丘すみれ葉公園)

 ショウブもちゃんと花をつけます。
  
  加茂花菖蒲園のHPより拝借)
こうした混乱の元はといえば、仏教と共に大陸から伝来した菖蒲。宮中行事など用いられることで、もともと日本在来種で「田植えの指標花」であった野花菖蒲(アヤメと呼ばれていた)を政治的に凌駕し、菖蒲(アヤメ)名前まで簒奪したことにあります。その後平安時代の国風文化の興隆で古来種であった花菖蒲や杜若が復権し、更に武家政権では菖蒲の名(=勝負、尚武)や葉の形が剣に似ていることから戦の験担ぎ(鎧に白地の花菖蒲の模様)で重用されるようになりました。名の混乱の裏には日本の権力変遷の歴史が渦巻いていた訳です。
綾目(アヤメ) 
   (渋谷区代々木公園)

菖蒲と呼ばれたり、また文目、綾目などとも呼ばれていますが、花弁の付け根が綾模様で花菖蒲や杜若と区別できるので綾目としました。また、生息地も乾燥した畑地で、開花時期も4〜5月頃(東京)です。
       

     

日本ではどこか影の薄い綾目ですが、世界的に見ればこの花のほう国際的(グローバル)です。
ダッチアイリス  (世田谷区砧) ジャーマンアイリス  (世田谷区砧)
寒綾目(カンアヤメ)

2月の冬の陽だまりにほっこりと咲く綾目。

包容力があり、芯の強い女性のようです。

(世田谷区桜丘)

アヤメの仲間たち (画像をクリックすると拡大します)
一初(イチハツ) 射干(シャガ) 姫緋扇綾目 庭石菖(ニワゼキショウ)
 (港区東京ミッドタウン) (世田谷区大蔵) (世田谷区成城)  (港区南青山)

こんな花も仲間です。
クロッカス フリージア イキシア モンテブレティア
(世田谷区桜丘) (世田谷区羽根木) (世田谷区経堂) (渋谷区代々木公園)

花菖蒲は花の色で、菖蒲(ショウブ)は薬効で、そして綾目は種類の多さで特徴的ですが、一方杜若は・・・・種類も2〜3種と少なく、色も紫か白しかありませんが、その形の雅さで平安貴族から大変持て囃されました。これも国風文化への回帰だったのでしょうか。
杜若(カキツバタ)

在原業平の一生を描いた「伊勢物語」(第九段)で、東下りの途中、三河の国八橋に立ち寄りこの花を見て詠んだ歌。

らころも(唐衣)
つつなれにし(着つつ慣れにし)
ましあれば(妻しあれば)
るばるきぬる(来ぬる)
びをしぞおもう(旅をしぞ思う)


「かきつばた」を句の上に読み込んだ雅びの手本のような歌です。

(金沢市小将町玉泉園)

能「杜若」の主題はこの「伊勢物語」(第九段)からきていますが、その他多くの引用があります。
「昔おとこ初冠して奈良の京、春日の里に・・・」(初段)
「月やあらぬ春や昔の春ならぬ・・・」(四段)
「しのぶ山、忍びて通う道芝の・・・・」(十五段)
「ゆく蛍雲のうえまで去ぬべくは・・・」(四十五段)  など
また「筒井筒、井筒にかけしまろがたけ・・・」で有名な能「井筒」は伊勢物語の第二十三段が典拠ですし、第九段の後半の歌「名にしおわばいざこと問わん都鳥・・・」は能「隅田川」に引用されています。

ということで・・・
演能のご案内

9月28日(日) 午前11時より 神楽坂の矢来能楽堂で能「杜若」を演じます。
ご興味やお時間があれば見学にいらしてください。
(案内状をご希望の方はメールでご連絡ください.9月中旬にお送りいたします)
昨年同様、この1年間に亡くなった友人たちの追善供養も兼ねて舞ます。

下と同じ衣装と面を付けてシテを勤めます。
詳しくは下の写真またはここをクリックしてください。
(金春流 辻井八郎氏)


リンクコーナー
里山の記憶
マンション建設で崩される里山やそこで暮らす生き物の営みを愛しみ、思いを綴ったusakoさんのブログです。

「なに花な?」コーナー
今回もいくつか名前が分からない花がありました。不思議な花もありました。ご存知でしたら教えてください。(写真をクリックすると拡大します)

@ A
B C
<写真をクリックすると拡大>


分かりました!
Bグリーンサントリナ Cカラマツソウ ともに野田様からのご報告

「何かな、なに花な?・・・」のページにも不明な花の写真を載せてありますので、もし、ご存じならば教えてください。
ココをクリック、または http://www.insite-r.co.jp/Flower/unkown/

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