宗谷の春 襟裳の春

「♪流氷溶けて、春風吹いて、ハマナス揺れる宗谷の岬・・・」(宗谷岬、吉田弘作詞・船村徹作曲、今から35年前ダ・カーポが歌いました)
日本の北端、宗谷岬(政府は択捉島のカモイワッカ岬としてますが)から真西へ60Kmにある最北端の島、礼文島。5月下旬、「花の浮島」とも形容されるこの島に固有種「礼文敦盛草」を求めて訪れました。最北の島(北緯45度)の春は遅く、とりわけ今年は冬が厳しかったため、開花は例年より2週間ほど遅れており、残念ながら自生の敦盛草を見ることはできませんでしたが、普通ならとっくに終わっているはずの早春の花々を楽しむことができました。
礼文島は高緯度(本州であれば海抜2000mに相当)にあり、かつ、風が強いため、樹木や草が育ちにくく、海岸近くでもこうした環境に強い高山植物が多く見られます。

   礼文小桜   
   (レブンコザクラ)

昨年7月末に白馬岳−朝日岳を縦走したとき、鉢が岳の北斜面や朝日岳の小桜平(いずれも標高2600m付近)でお目にかかった白山小桜の親族です。サクラソウの中では大柄の花で、礼文島や北海道の北部でしか咲かない絶滅危惧種です。
サクラソウ自体は本州ではどこでも見ることができる春先の花で、埼玉県の県花になっています。


礼文島では南部の桃岩展望台コースで出会いました。

(礼文島元地灯台と桃岩の中間付近)

蝦夷白山一華
(エゾハクサンイチゲ)

一華と名の付く花には、東一華(アズマイチゲ)や菊咲一華(キクザキイチゲ)な、姫一華(ヒメイチゲ)などがありますが、いずれも春先の花です。
エゾハクサンイチゲは本州の白山一華(昨年7月初旬の見た北岳南斜面が有名)よりも大柄です。
一華というのに通常は2〜3輪咲きです。

(礼文島元地灯台と桃岩の中間付近)

小桜も白山一華も本州だと夏の高山(2500m以上)でないと見られない花ですが、礼文島では海抜数十メートルでもお花畑を作っています。脚に自信のない方でも気軽に高山植物が楽しめるところです。       
(写真をクリックで拡大)
海と高山植物の組合わせは本州では決して見られない景色です。

残念ながら自生の礼文敦盛草を見ることはできませんでしたが、しっかりと栽培されていました。(観光だけでなく、種の保存のためにも大事なことです)
礼文敦盛草(レブンアツモリソウ)
横顔 (写真をクリックすると拡大します)  
普通の敦盛草(といっても、本州では自生の花はほとんど見ることができな幻の花です)は、淡紅色の花をつけますが、礼文敦盛草は純白です。唇弁は袋状で、平家の若武者 平敦盛が戦場で背負った母衣(ホロ)に見立てたところからつけられました。礼文島のマスコット「アツモン」はこの花を図案化したもの。
礼文島には通常の敦盛草も咲きますが、礼文敦盛草との送粉を避けるため、見つけ次第、花は摘み取られてしまいます。
ちなみに敦盛を討ち取った熊谷直実にちなんだ「熊谷草(クマガイソウ)」もありますが、これはあちこちで見られ、大宮に自生地があります。

(礼文島船泊 高山植物培養センター)

今年は開花が遅かったお陰で、例年ならこの時期に見ることができない花も見ることができました。
    得撫草(ウルップソウ)

ここ礼文島と本州の八ヶ岳、白馬岳近辺にしか咲かない固有種です。また、大雪山には変種の細葉得撫草があります。
八ヶ岳や白馬岳では7月上旬〜中旬に咲きますから、礼文島は既に初夏です。

(礼文島船泊 高山植物培養センター)

 
               (写真をクリックすると拡大します)
座禅草(ザゼンソウ)

面壁三年・・・洞窟で座禅を組み、沈思黙考する達磨大師の姿に似ています。
同じサトイモ仲間でも、水芭蕉の清楚さと比べると、どことなくユーモラスですね。

(礼文岳中腹で)


礼文岳は標高490mの低山ですが、高緯度にあるため、また冬の強風のため、頂上付近は北アルプスの山々と同じ森林限界より上の風景となります。
ここから見る利尻岳は見事でした。

  蝦夷延胡索(エゾエンコグサ) 

春先に咲く紫華鬘(ケマン)や黄華鬘と同じケシ科の花です。花の色はブルーや赤みがかった紫、そして白花もあります。北海道に限らず全国で見られますが、私には初めてでした。
本州の高山で雪解け後一番先に咲く「お山の豌豆(エンドウ)」が似ていますが、こちらはマメ科です。


(礼文島船泊礼文の森)

「花の浮島」と呼ばれるだけあって島の人々も花に親しんでおり、窓辺や庭先にはさまざまな花が植えられていました。また畑の縁には水仙が咲き競っていました。そんなすぐ隣に野生の高山植物があるのですから「花摘み人」にはたまらないところです。
 
大花延齢草(オオバナエンレイソウ)

本州の山地で見られる延齢草は、花の姿も小ぶりで、また色も濃い紫です。大花延齢草は北海道と東北地方に見られます。延齢草の仲間には、白花延齢草、白老延齢草、千島延齢草など、北海道にちなんだものが多くあります。 
北大出身者には懐かしい花。徽章のデザインはこの花から採っています。     
 (礼文岳登山口)

普通の延齢草(燧ケ岳で)
(写真をクリックすると拡大します)
蝦夷の立金花 (エゾノリュウキンカ)

尾瀬など水芭蕉の咲いている場所でよく見られますが、礼文島の北端 須古頓(スコトン)岬にちかい谷間では立金花だけが群落を作っていました。降った雨がすぐ流れてしまい、湿地を作らないためでしょうか。私がテントを張った久種湖(クシュコ)の周りには水芭蕉の大群落がありましたが、立金花はほとんど見られませんでした。

(礼文島ゴロタ岬付近))
  蝦夷犬薺(エゾイヌナズナ)
  
高山植物は厳しい環境で生き残るためにコロニー(群落)を作ります。本州では単独で生える犬ナズナも、最北の地では高嶺爪草(タカネツメクサ)と同じようなコロニーを作ります。冬の厳しさは言うまでもありませんが、春〜夏でも西風が強いこの土地ではひしと固まらないと生きてゆけないのです。
後方はゴロタ岬。

(礼文島鉄府海岸)

          白山千鳥(ハクサンチドリ)     (礼文島知床)
          
「○○チドリ」と呼ばれるラン科の花には、ノビネリチドリ(野捻り千鳥)、テガタチドリ(手形千鳥)、生育地の名を取ったシロウマチドリ(白馬千鳥)、キソチドリ(木曽千鳥)、アワチドリ(安房千鳥)、ユウバリチドリ(夕張千鳥)などがあります。なぜチドリというか・・・花の形が「カキ氷」波千鳥に似ているところから。チュン、チュン。

礼文島の19Km南にあるのが利尻島。標高1721mの火山 利尻岳の噴火でできた島です。富士山と同じコニーデ型火山でとてもきれいな姿を洋上に現しています。礼文島のどこから(西海岸を除く)でも眺めることができます・・・・晴れていればですが。チュン・チュン千鳥も行き交っていることでしょう。
(礼文岳中腹から)
左上の鳥は尾白鷲(オジロワシ)。
(クリックで拡大)
礼文島の北端はスコトン(須古頓)岬、
そしてその先はもうロシア。
そこは同時に野生の王国でもあります。

観光客の多い須古頓岬の岩場でのんびり昼寝する胡麻斑海豹(ゴマフアザラシ)。海岸からの距離50mが人と野生の境界線です。

礼文島を後に、フェリーと飛行機、鉄道を乗り継いで北海道の南端、襟裳岬へ向かいます。目指すは高山植物の宝庫、アポイ岳。アポイ岳の高山植物群落は、白馬岳、早池峰山と並んで国の天然記念物に指定されています。固有種の多いことでも知られています。
礼文島では好天に恵まれましたが、この日は本州に大雨をもたらした台風2号の影響で朝から激しい風雨。気象衛星写真と睨めっこし、午後から晴れると信じ、様似駅前の民宿を出発しました。アポイ岳の標高は810mと決して高くありませんが、礼文島と同様に海岸に近く、風が強いため(稜線ではこの日も私の体が浮くほどでした)、耐寒性のある高山植物しか育ちません。また、土壌も超塩基性岩のカンラン岩や蛇紋岩が主体であることも影響しています。(固有種ヒダカソウはキタダケソウの仲間で、どちらもカンラン岩の上に育ちます)

襟裳の春は、確かに寒かったものの「何も無い春」ではありませんでした。
 
    蝦夷大桜草(エゾオオサクラソウ)  

 (アポイ岳1合目)              
アポイ岳に入るとすぐ迎えてくれるのがこの花。登山道や小川の流れに沿って咲き乱れています。
大きな葉と茎の縮毛が特徴です。

       雪割小桜(ユキワリコザクラ)

雪割草の変種で、北海道ではアポイ岳のような海岸近くでも咲きますが、東北ではわずかな高山でしか見られません。薄桃色の可愛い花です。また、根室市の市の花に指定されています。

    (アポイ岳3合目)
アポイ東菊(アポイアズマギク)

本州に咲く東菊はピンクの花ですが、日高山脈の東菊は白い妖精です。強い西風の中で「いやいや」するように首を激しく振り、なかなかファインダーの中に納まってくれませんでした。

  (アポイ岳4合目)
日高岩桜
(ヒダカイワザクラ)


名前のとおり、岩にくっついて咲く桜草です。1本の茎に1輪の花しかつけません。

 (アポイ岳馬の背)

アポイ立坪菫(アポイタチツボスミレ)

蝦夷黄菫(エゾキスミレ)


 (どちらもアポイ岳-吉田岳の稜線部)
    
様似雪割
(サマニユキワリ)

雪割小桜と大変よく似ていて、見分けるのが難しい花です。違いは・・・
1. 花の色がやや濃くて、ニンフ的です。
2. 葉は細長く、雪割小桜のように杓子型でありません。
3. やや標高が高いところで咲いています。


いずれにしても小桜草は変種が生まれやすい種類で、見分けるのが困難です。


(アポイ岳-吉田岳の稜線部)

残念ながら今回は目指す「日高草」にはお目にかかれませんでした。後に高山植物ガイドの方に聞いたところによると「登山道では9合目付近に1株あるだけ」ということでした。10年前は千株以上も見られたようですが、相次ぐ盗掘で壊滅寸前です。以前なら数日をかけて山に分け入ったところを「林道」と称して道路を整備すると歓迎されない人々もやってくるようになった訳です。ただでさえ人間起因の「地球温暖化」で生存を危うくされている希少な動植物たち。「人間なんかいなくなってしまえ!」といいたいでしょうね。もっとも、既に人間との共生関係を築きあげた動植物も多数あり、実際に人間がいなくなると彼らも絶滅することになるかもしれませんが・・・。
希少動植物や絶滅危惧種をネットで公開する以上、こうした盗掘者も見ていること気をつけなければなりません。このため、写真を掲載する場合でも、具体的な撮影地は載せないように気をつけたいと思います。(ガイドの方から日高草の咲いている場所を教えてもらったのですが、ナイショ。運がよければいつか掲載します)

さて襟裳の野生といえば・・・この御仁

(旭川 旭山動物園のトン子)
そう、羆(ヒグマ)です。
ヒグマは人を襲うという凶暴なイメージがもたれていますが、アイヌ最後の猟師、姉崎等氏によれば「実は臆病な動物で、長年の人間との関係から、人間を避ける遺伝子を持った個体だけが生き残った」ようです。しかし、出会い頭の遭遇や子熊を守ろうとする母熊の本能から人が襲われることもあります。これも、人間が熊の領域に(無断で)入り込んだため。山に入るときは「お邪魔しま〜〜す」と声をかけ、接触を避けるのが一番です。彼ら(熊)も人間を観察して、敬して遠ざけてくれますから・・・・。

今回は幸い遭遇しませんでしたが、5月中旬にはアポイ岳登山口のビジターセンター付近を徘徊していました(キャンプ場があるので残飯漁りに来るんでしょうか)。 接触を避けるために登山道に沿って鐘が用意されており、これをがんがん鳴らして人の存在を知らせます。

熊脅しの鐘
登山口
こちらは実際に出会った野生
蝦夷鹿(エゾジカ)

本州でもそうですが、北海道でも鹿が増えすぎて畑の作物や樹木の皮、高山植物を食い荒らす食害が起きています。これも人間が狼を駆除して自然界の食物連鎖を壊したため。肉もおいしい(最近は養殖した鹿肉が通販で買えます)ので、狼に代わって人間が駆除すべきでしょうが、アメリカのイエローストーン国立公園のように狼の再移植を行ってもよいかもしれません。
(旭山動物園で狼のファミリーができました。将来子孫を野生化して野に放してはどうでしょうか。それまでの間、アマチュアハンターに区域限定で開放します。ライフルでもボウガンでもお好きな道具でどうぞ。奈良の鹿をボウガンで撃つより、ずっとワイルドでいいのでは。獲物の運搬など行政の支援が必要なのはもちろんですが・・・)

(アポイ岳2合目付近)

花には人の「心を慰める」力があります。東日本大震災で避難生活を送っておられる被災者の慰めとなるよう花の写真を贈っています。今回ご紹介した「礼文小桜」や「蝦夷立金花」のほか、これまでに撮って来た花の写真を送りました。8月いっぱいまでは避難所に、9月以降は仮設住宅の交流施設へ贈る予定です。
もし、「ここへ贈ってあげたらどうか」という施設がありましたら是非ご紹介ください。
贈呈写真のサンプルはここをクリックしてください(近く夏バージョンに切りかえます)。
 
また、財政支援(1枚3000円)をしていただければ、支援者のお名前でお送りいたします。
詳しくは下記あてメールでお問い合わせください。
matsunaga@insite-r.co.jp 

今年の夏は、亡くなった方の慰霊を兼ねて、東北の山々に登ろうと考えています(7月はじめに早池峰山と秋田駒ケ岳に登りました)。

四季の花々のページへ

インサイトリサーチホームページへ