北国の早い春
 バンクーバーの花々

バンクーバーはカナダ西海岸のアメリカとの国境近く、北緯49度線に位置する大都市(都市圏人口211万人)です。北緯49度は北海道の北、樺太の中央部に当たりますが、暖流のお蔭で冬でも暖かな気候です(その代り、冬から春にかけてはずっと雨が続きます)。
また、太平洋に面しているため、アメリカのサンフランシスコやシアトルと同様、アジアからの移民の窓口となっており、19世紀末から20世紀初頭にかけて日本をはじめ、中国、韓国、インドから大量の移民がこの町とその周辺に定着しました。街を歩くと、英語のほか、圧倒的に多い中国語、そして韓国語、日本語が聞こえてきます。また、中南米から来たらしい人々のスペイン語も耳に入ります(公用語のひとつであるフランス語は不思議と聞かれませんでした)。
そんな人種多様性に富むバンクーバーは、花々もまた多様です。英国の植民地としてスタートしたことから「イングリッシュガーデン」(州都のヴィクトリアは庭園都市として有名)が基礎となり、移民たちが自国の花を持ち込み、バラエティができました。街路には日本からの桜や中国からの木蓮、生垣には石楠花や連翹(レンギョウ・中国)など様々な花がく咲き乱れていました。そのうえ、お天気も良く(滞在中は1日しか雨を経験しませんでした)、また、当地の人も驚くほど花の時期が(平年より1カ月も)早く、お蔭で、日中は街歩きや植物園散策でたっぷり花々を楽しみました。帰国するころには桜も満開、今年は2度花見が楽しめました。(画像をクリックすると拡大します)

 木蓮(モクレン)
 中国名:光叶木兰 (康定木兰 )
 学名:Magnolia dawsoniana

バラかボタンかと見まがうようなこの豪華なモクレン(花の直径が(20㎝以上)は中国の四川省や雲南省が原産です。
モクレンの原産地は、中国や日本、東南アジアのほか、北米、中南米です。日本ではモクレンのほか、辛夷(コブシ)、幣辛夷(シデコブシ)、タムシバ、朴ノ木(ホオノキ)などがあり、春一番に咲きます。
アメリカのミシシッピ州とルイジアナ州はこのマグノリアを州花としています。(ミシシッピ州の愛称は「マグノリア・ステート」です)

また、モクレンは植物学上、進化が最も古く、ハチが出現する前の時期のもので、、ハチの代わりに甲虫で花粉媒介を行っていました。このため雌ずいがしっかりしています。また、がくと花弁の区別がありません。

(クィーンエリザベス公園)
(ダウンタウンの街路)


幣辛夷(シデコブシ)
学名:Magnolia stellata

日本の固有種です。花びらが御幣のように分かれているところからこの名が付きました。英語名は学名のstellata(星)からとったスターマグノリア(star magnolia)。
ちなみに、辛夷(コブシ)も日本(と済州島)の固有種。学名もMagnolia kobus。

(ブリティッシュコロンビア大学(UBC)アジアセンターの前庭)
   下も幣辛夷だが、ピンクが入って華やか。 (ダウンタウンで)
 
   
  花の直径が5㎝程の このかわいいらしい
花もマグノリアの一種。

(UBC植物園)

 

英国庭園(イングリッシュ・ガーデン)と言えば、バラですが、これは初夏の花。早春の庭では石楠花(シャクナゲ)や桜草(プリムラ)が主役。
これらの花はもともと英国に自生していたものでなく、ネパール・ブータンなどのヒマラヤ南部や中国南西部(四川省・雲南省)に咲いていたものを、ジョージ・フォーレストやキングドン・ウォードなどプラントハンターたちが英国に持ち帰り、栽培・交配などを経て、世界中に輸出されたもの。日本の庭にあるシャクナゲのほとんどはこうして逆輸入された西洋石楠花です。こうしたプラントハンターたちの活躍した背景には、イギリスの土壌が強アルカリ性で花が乏しかったため外国に花を求めたこととインドや東南アジアなど花の多い地域を支配できた英国帝国主義があります。
 
ツツジ科の石楠花(シャクナゲ)の種類は多く、野生種では1200種以上、園芸種にいたっては10,000種以上あります。このため、同定を間違っているかもしれませんので、お気づきの方はお知らせください。
         ロードデンドロン「コーヌビア」 
         Rhododendron 'Cornubia'

ネパールの国花、ロードデンドロン・アルボレウム(R. arbreum)とシッキムのバルバツゥム(R.barbatum)、そして トムソニイ(R.thomsonii)の3種の赤いシャクナゲを交配して作られた園芸種です。

                 (UBC植物園アジアガーデン)

UBC植物園内の小径には、フォレストやキングドン・ウォード、シェルフィ、ウィルソンなど名だたるプラントハンターたちの名前が付けられています。
1本の木でこれだけの花を付けます。
 ロードデンドロン・ルテセンス
 中国名:黄花杜鹃
 学名:Rhododendron lutescens

中国の貴州省や雲南省・四川省が原産地。中国ではシャクナゲもツツジも皆、「杜鹃」(ドージェンフア、ホトトギス)と呼びます。これは花弁にある斑点が鳥のホトトギスの胸の斑点と似ていることからきています。

日本にも黄い花をつける高山植物の黄花シャクナゲがあります。

   (VanDusen植物園)

  ロードデンドロン・レックス (ファクトラクテウム)
  中国名: 大王杜鹃
  学名: Rhododendron rex subsp. fictolacteum

中国雲南省(ビルマ国境付近)が原産のシャクナゲ。昨年4月、雲南省の梅里雪山を訪ねた際、香格里拉県の東部で見たシャクナゲと似ています。(昨年の「雲南の春」はここをクリックしてください)
(http://www.insite-r.co.jp/Flower/2014/jun/yunnan_spring_k.html)

      (クイーン・エリザベス公園)
ロードデンドロン・ラナツゥム
Rhododendron lanatum
(原産地 インド・シッキム)
シャクナゲ (不詳)
(ともにUBC植物園)
 
 ツツジ科の花にはシャクナゲばかりでなく、こんな花もあります。
  聖ダベオックのヒース  
  学名:Daboecia cantabrica

ヒースはスコットランドやアイルランドの荒地(ヒースランド)に咲く花。枯れても腐食が進まず、泥炭(ピート)として堆積します。このピートがウィスキーづくりに欠かせない燃料となります。最近終了したNHKの朝ドラ「マッサン」が余市へやってきたのも、このピートが必要だったからです。が、余市のピートはヨシ、ヌマガヤ、スゲなどが堆積したもので、ヒースではありません。(現在はスコットランドから輸入しているようです)

聖ダベオックはアイルランドで修道院を開設した修道僧。

(クイーン・エリザベス公園)
  馬酔木(アセビ)
  英語名: Andromedas
  学名: Pieris japonica

学名が示す通り、日本の固有種。葉には毒(グラヤノトキシン)があり、馬に食べさせると酔ったようになるところからついた名前。
日本各地に自生しますが、奈良春日大社の 「ささやきの小径(正式名称は下の禰宜道)」は有名。

 (UBC新渡戸記念庭園)
新渡戸記念庭園は農学者で教育者、国際連盟の事務次長を務めた新渡戸稲造が州都のヴィクトリア市で客死したことから顕彰されたものだが、彼自身はUBCとは直接関係がありません。

新渡戸記念庭園は回遊式日本庭園です。日本庭園に似合うのは、なんといっても茶室と椿。茶も椿も同じ仲間ですが、茶は中国が原産、椿は日本が原産です。17世紀ごろからオランダ商人やイエズス会の修道士を通じてヨーロッパに紹介され、大いに賞賛され、大流行となりました。ベルディのオペラ「椿姫」もこうした流行から生まれました。そしてヨーロッパから世界中に広がりました。また、変種ができやすいため、多くの園芸種が作られています。

      椿(ツバキ) 学名: Camellia japonica  いずれもUBC植物園
 「カメリア・カルメン」
とでも名付けたいような赤。
 こちらは「カメリア・スノーホワイト」と呼びたくなるような。
 紅白が交わると
「ピンク・カメリア」になり、
 交わらないと
「レッドフリル・カメリア」かな?
           (注:椿の名前は私が勝手につけた名前で、通称名、和名、学名ではありません)

日本から来たのは椿だけではありません。日本ではあまり見られない花々も。
  深山樒(ミヤマシキミ)
  学名: Skimmia japonica

日本では、縁起の悪い花としてあまり
栽培されませんが、小さい花穂が星状に
集まった花は、街路の花壇で光りを放って
いました。
この花には毒性があり、シカが食べない
ため、日本の低山では増え続けています。

冬に真っ赤な実をつけるため、クリスマスを
祝う習慣のある人々に受け入れられたの
かもしれません。

(ダウンタウンで)

 (シキミ) 英語名:Japanese star anise 学名: Illicium anisatum

aniseの名からわかる通り蜜柑の仲間です。日本は墓地でしか見られなくなった花。
(葬儀で樒をたてる習慣のある地方では商用栽培しているのかもしれませんが…) 
密教と深い関係があり、弘法大師が仏事に使う青蓮華の代用として使いました。
茎、葉、果実は香気があり、これを獣が嫌うため墓地で植えられ、獣が墓地を暴くのを
防いだようです。
また、樒の実が中華食材の八角に似ているため、誤食され中毒を起こすことがあります。

          (UBC植物園)

バンクーバーの名は、初めてこの地を調査した英国の探検家George Vancouverにちなんで名付けられました。ダウンタウンの大通りもジョージ・ストリートの名が残っています。この地は毛皮取引を主体とする英国の植民地としてスタートし、次いで、豊富な森林資源を使った林業、製材業が盛んになりました。この労働力として、ドイツやポーランドなどから多くの移民がやってきました。そして、彼らとともにヨーロッパや中東の花々も渡ってきました。
姫夷紫(ヒメムラサキ)
  英語名: Blue lungwort
  学名: Pulmonaria angustifolia

ヨーロッパ、西アジアが原産のムラサキ科の花。英名のLung(肺)が示すように、咳や喘息など、呼吸器系の病気の治療に使われています。
また、環境に敏感で、汚染された土壌では育たないため、エコの指標となります。

   (VanDusen植物園)
    鍬形草(クワガタソウ) 
    英語名: Georgia Blue Speedwel
    学名: Veronica peduncularis 'Georgia Blue'

地中海から中東にかけて分布。学名の「Georgia」は黒海の北のグルジア(現在はジョージアに変更)に由来する。
日本にも早春の野に星のように咲く「大犬の殖栗(フグリ)」の仲間。「クワガタ」の名は雄蕊の花糸が兜についている鍬形に似ていることから。ベロニカという名もあるのに、フグリとは何と無粋な・・・。。
          (UBC植物園)
  待雪草(マツユキソウ)
  英語名: Snowdrop
  学名: Galanthus nivalis 

原産はヨーロッパからロシア・コーカサスにかけての地域。最近、日本の花壇でも見ることが多くなりましたが、スノーフレークと間違えられます。(中心に逆ハート形が出ます)

エデンの園を追われたアダムとイブに雪が降りかかるの憐れんだ天使が、雪をこの花に変えたという伝説があります。
                   (VanDusen植物園)
 

バンクーバーは海外からの花々に席巻されているわけではありません。カルフォルニア北部からブリティッシュ・コロンビアにかけては、温暖で雨量も多く、その一方でロッキー山脈やカスケード山脈のような高山もあり、さらに乾燥地帯もあるという風に非常にバラエティに富んだ地域で、北アメリカでも植生がもっとも豊かな地域の一つです。
 片栗擬き(カタクリモドキ)
 英語名: Alpine shooting star 
 学名: Dodecatheon alpinum

、和名にユリ科の片栗の名が付けられていますが(花の色と花弁が反り返っていることからの連想でしょうが)、桜草(プリムラ)の仲間です。銛の先に似た形の花弁は英語名「流れ星」の方が合っています。
               (UBC植物園)

立ち姿(丈は20㎝程度)
 
                      駒草(コマクサ)の仲間
英語名: Bleeding heart
学名: Dicentra spectabilis

日本の高山植物の女王、駒草(ケシ科)の仲間。花の形を見て日本人は馬を連想しますが、欧米人は心臓と見ます。農耕民族と牧畜民の違いでしょうか。

   (VanDusen植物園)
  赤花酸塊(アカバナスグリ)
  英語名: Red Flowering Currant
  学名: Ribes sanguineum

黒スグリなどの果実はジャムやジュースの材料になりますが、このスグリは花がたわわに付くものの、味は不味いとのことです。キイチゴなど食べられる果実をつける野生種の多くはバラ科やツツジ科ですが、スグリはユキノシタ科です。
 UBC学内で
   紅花苺(ベニバナイチゴ)
   英語名:Salmon berry
   学名: Rubus spectabilis

日本の高山に生えるベニバナイチゴと同じ仲間。
果実の色はオレンジ~朱赤でまるで小さな「イクラ」。とてもおいしいです。

        (UBC植物園)


バンクーバーの北には2000mクラスの山々が、南東には3286 m のベーカー山(アメリカ・ワシントン州)、そして南にはレーニア山がそびえており、ピークは雪を頂いていました。初夏、雪が解けるころ、これらの山々の斜面は一面の花畑で覆われます。いつかはこのフラワートレイルをトレッキングしたい思います。
 北部の山々  機上から見たベーカー山

バンクーバーに着いた3月8日、街路の桜はすでに満開から散り初めでしたが、この桜は十月桜のような種類(山桜の仲間)で、地元の人たちは中国桜と言っていました。このほか、エドヒガン系の枝垂桜やソメイヨシノなど様々な桜(その先祖は1930年代、姉妹都市の横浜や神戸から送られたものです)があり、4月まで次々に咲いて、市民の目を楽しませています。しかし、今年は開花が1か月以上早いため、毎年3月末から4月にかけて開催される「桜フェスティバル」の頃にはすべて散っているのではと心配されています。
十月桜(ジュウガツザクラ) 
ダウンタウン・ウェストエンド
   枝垂桜(シダレザクラ)
 (VanDusen植物園)

  染井吉野(ソメイヨシノ)
  学名: Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’

エドヒガンとオオシマザクラを交配した園芸種で、結実しない(種では増やせない)ので、接ぎ木で増やします。
江戸時代、染井村で作られた一本の桜木から日本中、世界中に広がったクローンです。だから、咲くときも同じ、散るときも同じ。みんな一緒の全体主義者のような花(先の大戦では戦意高揚に好んで使われました)。
多様性愛好家の私には少々気味の悪い花です。

(クイーン・エリザベス公園)

接ぎ木の台木となるのは通常ヤマザクラですが、どうもこの木の台木部分はヤマザクラに見えません。(ヤマザクラそのものがないのですから)何の木でしょうか?

そして、バンクーバーのすべてのソメイヨシノの親木は、バンクーバー総領事館の裏庭にある樹齢100年を超すこの桜。
 
 
 総領事館公邸
(バンクーバーで最古の木造建物)
 満開のソメイヨシノ

能のワークショップ発表会の翌日、一緒に参加された岡田総領事のお招きでレセプションがあり、昨年より丁度1か月早く満開になった桜の下、山井師の仕舞「田村」と「羽衣」を観賞しました。(山井師は昨年4月12日にここで能「羽衣」を舞われましたが、その時もこの桜が満開でした)
 
桜花の舞    (ビデオからキャプチャーしたため画像がよくありません)
何とも豪華な花見となりました。
 
さて、その2週間後・・・東京も桜が満開となりました。
 
ソメイヨシノとヤマザクラの
交配種のよう(祖師谷公園)
 仙川沿い(東宝撮影所)の桜並木  砧公園の樹齢70年の五本桜   (いずれも世田谷区)  

今年の春は 太平洋の両側で花見ができました。
 


★東日本大震災被災者へのチャリティへのご協力、ありがとうございました。

 お送りした花(一部)
   
   福寿草  雲南石楠花  クロッカス  青いケシ    
青いケシ研究会の会員から
提供いただいた写真(一部)
← 青いケシ
 (M.ベトニキフォリア) 

← 青いケシ
 (M.グランディス)
   

2月に第7回目の花の写真チャリティを実施しました。今回は12人の方のご支援をえて、10ケ所の仮設住宅に16枚の写真をお送りしました。
また、「青いケシ研究会」の会員からは6枚の青いケシの写真を提供いただきました。厚く御礼申し上げます。
今回お送りした写真と送り先はここをクリックしてください。

★4月に追加チャリティを行います。ご協力おねがいします。
今回送付後に数名の方からご協力のお申し出をいただきました。4月に8回目の花の写真チャリティを行いますので、あわせて参加者を募ります。
花の写真1口(A3判1枚送料込み)3,000円で、寄贈者のお名前で応急仮設住宅(集会室や談話室で掲載)へお送りします。
参加ご希望の方は下記までお知らせください。
お問合わせ・協賛については matsunaga@insite-r.co.jp まで。


四季の花々のページへ

インサイトリサーチホームページへ