雨の王国のブルース・ポピー

東ネパールの雨の花々

大阪府北部地震および平成30年7月豪雨(西日本豪雨)で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

昨年はチベットとネパール中部で青ケシを見てきましたが、今年は雨の王国、東ネパールへトレッキングに出かけました。
世界一の豪雨地帯はインド・メガラヤ州で、年間に12,000㎜(12メーター)も雨が降ります。東ネパールはそこからシッキムを挟んでわずか200㎞ほどのところ。ベンガル湾からプラマプトラ河を遡ってきたモンスーンの湿気が、世界第3位の高峰、カンチェンジュンガ(8,586 m)山塊にあたると大量の雨が降ります。そしていたるところで崖崩れや洪水・決壊を引き起こします。
そんな中、6月後半から7月いっぱい、ネパール東北部の都市タプルジュンを拠点に、トプケゴーラ-ジャルジャレ・ヒマールとカンチェンジュンガ・サーキットの2つトレッキングを行いました。後者のルートは約60年前、植物学者の中尾佐助が歩いた道です。
雨に煙る中、薄暗いシャクナゲの林の中で、時には朝日を浴びてたたずむ花々をご紹介します。

(昨年の中部ネパールトレッキングはここをクリックしてください)

 メコノプシス・グランディス
 (Meconopsis grandis)

「大きい」(grand)から名付けられたこの花は、80種近くある青いケシ(Meconopsis)の代表格です。その名の通り、花の直径は25㎝、丈は160㎝あり、メコノプシス属の中で最大です。この花の特徴は、花芽の出るところから3つに分かれた葉が出、その下の葉は互生していることです。
また、花の色もスカイブルーから赤紫色まで変化があります。(アジサイと同じで土壌が酸性だと青く、アルカリ性だと赤くなります)

このグランディスにも、いくつか変種があり、ブータン東部やインド・アルナーチャルプラディッシュにはM・ガキディアナ(以前は、M・グランディス・オリエンタリス)、最初にヨーロッパへ紹介されたシッキムの種は花の直径が10㎝、丈が60㎝と小型です。

この花があったのは、暗いシャクナゲの林の中の少し日の当たる空地ですが、この他にも草原や渓流の脇などでも咲いていました。

(トプケゴーラの北 標高3850m)
私が旅立って3日後、天の花をとりに行った息子を見送るかのように寝たきりになっていた父が亡くなりました。大正、昭和、平成と激動の時代を生き、95歳の人生を静かに閉じました。電波の届かないところにいたため、訃報に接することができたのは葬儀の後。出発前に別れは済ませたものの、悔いの残る別れになりました。この花を父への供花にします。
 
今回のトレッキングコース

(1) タプルジュン - パプーン - トプケゴーラ - ツダム南 - トプケゴーラ - ドゥピ・カルカ - ジャルジャレ・ヒマール - サング - タプルジュン(6月26日~7月12日)
(2) タプルジュン=カンデバニャン - ツェラム - オクタンBC - ツェラム - グンサ - カルカ - ナンゴ・ラ - チルワ = タプルジュン(7月14日~29日)
(3) 高度順化のため、中央ネパールのゴサインクンド(標高4350m)へ行きました(6月16日~19日)



(ネパール東部) (Google mapより)

(1)トプケゴーラ=ジャルジャレヒマールの花々  
トプケゴーラへは、途中のパプーンまで4WDで行く予定でしたが、モンスーン期は車がなく、川(Mewa Khola)沿いを歩きます。標高は650mで、亜熱帯の太陽が照り付けます。パプーンからはヒルの出る樹林帯。2日で着く予定が、4日もかかってしまいました。
 トウワタ(唐綿)
 (Asclepias curassavica)

南アメリカが原産のこの花は、日本では晩秋から初冬にかけて咲きますが、ネパールでは夏に咲きます。開花要因が日照でも、気温でもないとしたら、何が開花の要因になっているのでしょうか。北半球へ来たため季節感を失ってしまったのでしょうか。

背後はネパールの民家。ほとんどがトタン葺きです

( 標高700m)
 ネパールでは6月末から田植えが始まります。苗が伸び、田に水が張られると、あと1週間で田植えです。行きにはまだ始まっていませんでしたが、帰路ではみな総出で田植えです。日本も60年前は同じように田植えをしていました。田のあぜ道は石積が多くみられます。何百年もかけて営々と築いてきたものでしょう。

画面中央右上に見える青い屋根の家の前で、前日、キャンプをしました。

 (標高800m)
 
 カルダモン(Elettaria cardamomum)
 手前の花はヒガンバナの仲間か(名は不明)

ショウガの仲間で、種子からカレーの材料となる香辛料をとります。ネパールの国民食ダルバートの味付けに欠かせません。集落では、水の流れる沢に沿ってカルダモンを栽培し、現金収入の糧としています。

(カルダモンの畑)
 

(出荷-品質を保つために、生の束で出荷します-チルワで)
  
   
パプーンを過ぎるといよいよ樹林帯にはいります。薄暗い樹下に、湿気を好む花々が妖しく輝きます。 
 
 エビネの仲間
 
     ノボタン科の花
 
森の妖精 着生ラン プレイオネ・フッケリアナ
 
 イワザクラの仲間 プリムラ・ゲラニーフォリア
 
 
ユリ科  ヒマラヤウバユリ 
 カーディオクリナム・ギガンテウム
 ユリ科 ユキザサの仲間 
 ヒマラヤ・メイフラワーHimalayan Mayflower

旅行社が作成した行程表では、タプルジュン=パプーンははジーブに乗って一日で、パプーン=トプケゴーラ間は一日の歩行で到着することになっていましたが、行ってみると、ジーブはなく、炎天下の河原を2日間も歩かされます。パプーンからトプケゴーラまでは標高差1900m、距離16km。足の速いはずのポーターも一日で歩くことができず、ヒルがうじゃうじゃいる山路で緊急宿営するはめに。このずさんな計画があとあと大変なことを引き起こすことになりますが、その話はまた後ほど。
という訳で4日間かけてトプケゴーラ(標高3700m)に到着。でも、ちゃんとご褒美がありました。

 
     メコノプシ・ワリッキー (Meconopsis walliichii) (標高 3400m)

トプケゴーラまであと3Kmほどのところに小さなカルカ(放牧地)があります。咲いていたのがワインカラーというか、すこし青色の入った赤紫色のメコノプシス(青いケシの仲間)。今回のトレッキングの目的の一つでした。
丈が160㎝ほどで花は15㎝~20cmほどです。命名は、カルカッタ植物園の第2代園長のナタニエル・ウォーリックに因みます。 彼はネパールで青いケシを採取し、標本をヨーロッパに送り、学問の世界に初めて青いケシを紹介しました。
右の写真に薄黄色の花が見えます。M・パニクラータによく似ていますが、やはりM・ワリッキーです。見分け方は、葉の切れ込みが葉脈の主脈付近まで達しているかどうかです。下の写真は近くにあったM・パニクラータです。葉の形を比べてみてください。

   (拡大)

     花の村 トプケゴーラ

キンポウゲ、スミレなど黄色い花が
咲き乱れる村の入口。
富士山と同じ高さに13世帯の住民が
ヤクの放牧を生業として暮らしている。
 交通の要路に当たり、ヤクを使った
運用業にも携わっている。
右の少し低くなった丘を越えて往くと
ツダムへ続くタングラ峠、左へ進むと、
ドゥピ峠からナンを経由して、タムリン
ターに抜けることができる。
中央を北へ進むと、サド・ポカリを通り
ツダムに至る間道がある。地図には
極細破線で書かれていて、主に地元の
人しか使っていないが、今回はこの道
を通った。
 

トプケゴーラ周辺はM・グランディスのメッカ。様々な色の花が共演します。

サド・ポカリの周辺 (標高3800m)で  峠(パンサン・バニヤン)に向かう途中のカルカ(標高4200m)で
   

シャクナゲの林の中で(標高3850m)

   

草原のM・グランディスと林間のとを比べると、後者の方が花も大きく(直径25㎝)丈も2m近くあり、また、葉も剛毛が少なく、なめらかです。単に栄養がいいのか、それとも変種なのかわかりません。もし、将来変種に分類されとしたら、その時のために変種名を用意しておきます。
トプケゴーラで見つかったから(仮称:メコノプシス・グランディスvar.トプケゴレンシスtopkegorensis

案内してくれたのはキャンプ地の隣に住む少年たち。夏休みでパプーンの(寄宿制)小学校から帰っていました。お兄ちゃんはたどたしいながらちゃんと英語で受け答えができました。
     (左:サンダイくん 11歳、右:カジくん7歳)

日程がひっ迫していたため、トプケゴーラでの花探索と休養ために予定していた2日間を1日で切り上げ、重い足を引きずり、5012mの峠を越え、ツダムに向かいます。
    レウム・ノビレ (Rheum nobile )

タデ科ダイオウ(大黄)属の一年草。背高ダイオウとも呼ばれている。湿気を好み、ここでもモンスーンの霧が直接当たる峠の南側に生えているが、峠を越えると風に湿気がなくなり、乾燥するため、北側にはない。
あちこちで食べ散らかした跡があり、地元の人たちはこの苞葉につつまれた花芽を食べている。酸味があり、ちょうどスイバやスカンポのような味。

 パンサン・バニヤン峠の南側(標高4600m)
パンサン・バニヤン峠(5012m) 

ケルン(チョルテン)がただ一つの
簡単な峠。地元民しか通らない。 
氷河に削られた花崗岩の白い石が
白骨街道を思わせる。       

バニヤンとは頂上の下(Under the top)
の意味で、峠の意味。地元の人々は 
単にディウラリと呼ぶ。         
 

峠を越えると、氷河谷の底へ向かってへ急こう配の坂を下ります。氷河の痕跡であるエンドモレーンの壁に点々と薄黄色の花があります。
    メコノプシス・ディスキゲラ
  (Meconopsis discigera)

丈が40㎝程のこの花はディスコギネ亜属に入り、青いケシ属の中でも特殊です。同じ仲間に、ブータンのM・ブータニカ、チベットのM・チベチカ、M・トルクァタがあり、果実の頭がディスク(円盤)状になっています。(下の写真参照)
  

咲いていたところ(エンドモレーンの間の狭い道の壁)

パンサン・バニヤン峠の北側(標高4700m)

この花を見るために、この5000mの峠を越え、後3日間トレッキングを続け、ウンバック・ラまで行く予定でした。
さらに氷河谷へ下ると ここにも 青いケシ
    メコノプシス・グランディス
U字谷を隔てて
ウンバ・ルンバ山塊
右上に氷河も見える。

中央下の白い花は
プリムラ・オブリクア
(Primula obliqua)


(標高4600m)

河畔のキャンプに着いて、これからの行程を見直したところ、計画がずさんで、日程通りに進むことが不可能と判断。このまま進むと帰国便に間に合わないばかりでなく、他の場所での花の時期を逸してしまうと考え、ツダム=ウンバック・ラへのトレッキングを断念しました。一日休養を取り、元来た峠を越えて、トプケゴーラに戻り、ジャルジャレヒマールへの道を取ります。
トプケゴーラから川沿いに西へ。ドゥピ・カルカで二泊して、サジュ・コーラを下って花を探します。M・パニクラータとM・グランディスが迎えてくれます。
 
メコノプシス・パニクラータ
(Meconopsis paniculata)

朱色が入った変化種。私たちは右の川沿いに上がってきた。

(標高 4250m)
 
 →
メコノプシス・グランディス


スレンダーな三姉妹。
この谷のグランディスは皆、
ピンク


(標高 4000m)
 
 
残念ながら目指すブルーのメコノプシス・ワリッキーは見当たりませんでしたが・・・代わりに
   
メコノプシス・シヌアータ (Meconopsis sinuata)  
茎がかじられている。犯人はヒツジ。  
 
 メコノプシス・シンプリキフォリア 
 (Meconopsis simpliifolia)
花の丈は20㎝くらいですが、果実になると倍以上に延びる
 青いケシ以外では…  
   
 アレナリア属 (Arenaria sp.) ユリ科  フリテラリア・キローサ(バイモ)(Fritillaria cirrhosa)

ジャルジャレヒマールのトレッキングは4000m~4500mの登り下りを繰り返し、岩山や池(ポカリ)を巡るコースです。午前中(10時くらいまで)はお天気も良く、気持ちの良い山歩きですが、午後は必ず雨。ポーターたちは雨を嫌って急ぐため、時々置いてけぼりを食らいます。
 
 ジャムレポカリのキャンプ地  (標高4200m)  雲上の尾根道を行く 雲の下は雨
 
岩山と池のトレッキングコースにはサクラソウ科の花が数種とツツジ科、ウルップソウ科、ユキノシタ科ぐらいで、花はあまりありませんでした。
 ロードデンドロン・ニヴァレ 
(Rhododendron nivale) 

(標高4500m) 
 
  プリムラ・ストルモサ (Primula strumosa)

 (標高4500m)

 トレッキングもあと1日となった日、ギディー・ダンダから麓の集落サングに向かいます。いつものように足の遅いポーターが先に出発し、私とガイド、私の荷を背負うポーターがそれに続き、テントを片付けた若い元気なポーターが最後に出ます。目的地に到着するとこの順番は逆になっていて、若いポーターたちが先についてテントを設営しています。ところが、この日はガイドが帰路を急ぐあまり、道を失いあらぬ方向に。間違いに気づき元の道に戻ったのは1時間後。このため、キャラバンは分断。日はとっぷりと暮れ、私のGPSを頼りに、キャップ地にたどり着いたのは午後10時を回っていました。3人のポーターは森の中に取り残され、一夜を過ごすことに。トムラウシ山での遭難が頭をよぎりました。幸い、翌日には3人とも無事到着しましたが、最悪の事態ならトレッキングはここで中止でした。


(2)カンチェンジュンガ周辺の花々

 ネパールの東端、シッキム州との境はネパールの辺境ですが、日本とはかなり縁のある所です。1912年、チベットに密入国した仏教僧青木文教はシッキムからカンチェンジュンガの西麓を辿って入蔵したし、京大山岳会(AACK)はカンチェンジュンガの南にあるカブル(7338m)に登る目的で1931年に設立されています。(計画は戦争で実現しませんでしたが、1973年5月ヤルン・カン(8,505m)に初登頂) そして、1962年6月大阪府大山岳会を率いてヌプチュー(6044m)に登頂した中尾佐助(AACK)は、その南のナンゴ・ラ(4776m)に立ち、青いケシ、メコノプシス・グランディスが咲き乱れていると記し、写真を残しています。(「ヒマラヤの花」(毎日新聞社))
先人、先輩たちが歩いてほぼ60年になります。彼らが巡った夢の道を歩いてみました。

 カンチェンジュンガに向かう頃、ネパールもサッカーワールドカップで沸いていて、それぞれ思い思いに応援する国の国旗を飾ったり、横断幕を掲げたりして応援していました。ネパールの人々のサッカー熱は相当のものです。
←日本を応援する横断幕(タプルジュンの通りで)





 ジープのドライバーはフランスびいき
 

このルートはネパールを東から西に横断するグレート・ヒマラヤ・トレッキングのコースの一部になっていますが、スタートは標高1500mの谷川から。農家の庭先を通り、水田のあぜ道を歩き、トウモロコシ畑の中を行きます。そして、そこはヒルの王国でもあります。
 山ヒル
 首を振りつつ血を求めて獲物を探す姿は、どこかキモカワイイところもありますが、これが5㎝、10㎝となると、さすがギョッ!いったん吸い付くとなかなか離れません。無理にはがそうとすると、噛んでいる口が残り、後々ヒリヒリします。血を吸うと、ころりと落ちて、特にかゆみとか残らないのですが、2時間ほど血が止まらなくなり、周りが朱に染まります。今回のトレッキングではたっぷり献血しました。
対策はエアーサロンパス。シュッとひと吹き。ころりと落ち、後も残りません。
 ヒルの出没する道は水気たっぷり。 湿気を好む花々が幅を利かせます。
 
 園芸種の原種 ベゴニア・ピクタ
   イワタバコの一種
   
 ツリフネソウの仲間  ツリフネソウ科 インパチェス・ファルキファー
   
イワタバコ科 キリタ・ビフォーリア キンポウゲ科 デルフィニウム・ドレパノケントラム

 3400mのラシヤ峠を越え、ヤルン氷河から流れ出す川まで降り、この川の上流を目指します。標高が3300mを超えたあたりから赤ワイン色のメコノプシスが現れ始めます。
 
メコノプシス・ワリッキー・
フスコ=プルプレア

(Meconopsis wallichii var. fusco-purpurea)

トプケゴーラで見たメコノプシス・ワリッキーの変種で、丈も高く、花もたくさん着く。
花の直径は10㎝、丈は140~160㎝(中には2m近くなるのもある)。
   (トルトン-ツェラム間 標高 4050m)   標高4200mあたりまで川に沿って咲き競う。

 ツェラムはヤクの放牧を行う農家が4、5軒あるだけの小さな集落。村の中央広場は放牧から帰ったヤクの寝場所であり、キャンプ地でもあります。このため、テントの周りはフンだらけ。夜、トイレへ行くときは要注意。
             
 
ヤルン氷河のサイドモレーンに沿って遡上します。途中、サイドモレーンに沿って流れる小川のほとりで、咲き残ったM・グランディスとM・パニクラータを見つけました。2,3週間早ければ黄色と青の見事なアンジュレーションが眺められたことでしょう。
    


ヤルン氷河のサイドモレーンは高さが20mほどあるため、登らないと氷河の中は見えません。オクタンについて、中をのぞくと・・・・

 
 氷河は白いイメージですが・・・スイスやアラスカの氷河は確かに白いですが、ここでは山を削って流れるため、土砂を巻き込みます。洪水の後のような荒涼とした世界になります。氷河は左から右へと流れているのですが、スピードが遅いため、流れているとは感じません。それでも時々、岩の崩落する轟音が響き渡ります。(正面の黒い峰はロトン(6682m)の前衛峰、その右に懸垂氷河を挟んで、コタン(6148m)の一部が見える)

ここでの花探索では青いケシは期待していなかったのですが…サイドモレーンの上でこんな葉を見つけたので、がぜん期待が持てました。
葉には小さな剛毛がついています。何でしょうか。
青いケシの期待が高まります。
 翌日、ヤルン氷河の西側にある小さな氷河のエンドモレーンを中心に探索しました。エンドモレーンの中腹部を、左から右へとトラバースしながら探します。

エンドモレーンの上に小さな氷河湖があり、その向こうから氷河が落ち込んでいます。

探索で見た花々。

リンドウの一種。
北海道のリシリリンドウに似ている

花茎は1cm程度。
雨の匂いを感じ取ると、繊毛で雄蕊を隠す。
←晴れているとき。
   
   キキョウ科 コドノプシス・タリクトリフォリア   ゴマノハグサ科 ペディクラリス・クラーケイ
   
   
キク科  レオンポディウム・モノケフォルム タデ科  ビストルタ・シュレイ
   プリムラ・カピタータ・クリスパタ
 (Primula capitata subsp. crispata)

サイドモレーンのあちこちで青いパラソルが林立します。ビストルタやアナファリスと並んでこの谷の主役です。
麓(ラムチェ)から牛やヤク(牛との混血)が日勤でこの牧草地にやってきますが、サクラソウ科には毒があるため、食べません。そのため、大繁栄します。


(オクタンの南 標高4650m)


奥に見えるのはヤルン氷河下流
 
目指す青いケシはなかなか見つかりません。雨も降りだします。諦めてテントに戻ろうとして、エンドモレーンを下ると…岩陰に 
メコノプシス・ホリデュラ
 (Meconopsis horridula) 

チベットや青海省のホリデュラに比べると葉が大きく、また剛毛もまばら。雨の王国では乾燥から身を守る必要性が低いためか。

他の株を探したのですが、これ以外見当たらなかった。

ガイドは「ここに水がないのでキャンプできない」と私をだまそうとしたのだが、突っぱねてテントを張らせた。その甲斐があったというもの。

(オクタンの南 標高4770m)
 
 
オクタンを去る日の朝は久しぶりの晴。初めて見るカブルとロトンに別れを告げ、ツェラムに戻ります。
 
左のなだらかな山がカブル、突き出たところがカブルⅢ峰(7338m)、その右がロトン(6682m)。黒い峰はロトンの前衛峰。
稜線の向こうはインド(シッキム州)。

ツェラムで一日休養を取り、シニオン峠(4645m)、ミルギン峠(4648m)を越えてグンサへ向かいます。
 メコノプシス・ワリッキー・
フスコ=プルプレア

(Meconopsis wallichii var. fusco-purpurea)

ツェラムから峠に向かう山道に次々とワリッキーが現れる。雲に埋まっていた谷もしばらく待っていると、
雲が流れ、対岸の岩峰が現れる。花も朝日に輝く。谷底では得られないシャッターチャンスだ。登りかけていた坂道を引き返して、撮った。

(ツェラムの北 標高4000m)
 
   ← プリムラ・ソルダネロイデス

   プリムラ・サッピリーナ  右→

どちらも1㎝以下の小さな花。水が少なく、強風が吹き抜ける峠に適応した結果。

(シニオン峠とミルギン峠の間) 
(いずれも 標高 4600m)
 
   
サウスレア・トプケゴレンシス
(Saussurea topkegolensis)

地球外生物のようなこの植物は、綿毛トウヒレンとも呼ばれるキク科の一種。
新芽を綿毛でくるみ、寒さから守る。
トプケゴーラの名があるように、東ネパールに固有な植物です。

(セレレ峠の西 標高 4400m)

 グンサはこの地方の政治的、経済的、文化的、そして宗教的拠点です。また、カンチェンジュンガ観光の起点(終点)となっていてトレッカー向けのロッジが林立しています。この日は私が唯一のこの村の泊り客でしたが、潰れずに存続しているところを見ると、秋から春にかけてのトレッキングシーズンは大賑わいになるのでしょう。

青屋根、横長の建物はロッジ。
いくつある?

こちらは民家。タルチョが風になびく。山に向かってなびくと晴れる。
 
 菜園内に植えられていた危険なケシ
 (ソムニフェルム種)

いよいよ、このトレッキングの最終章です。ヒルと戦い、ガイドと戦い、ここまで来たのは60年近く前、ナンゴ・ラを訪れた中尾佐助の目に映ったものをこの目で確かめるため。朝日を背に受けて、ナンゴ・ラの下のカルカに向けて出発です。
いったん3200mまでグンサ・コーラに沿って下り、谷川沿いを登ります。まず現れたのがユリ科のノトリリオンとキキョウ科のカンパヌラ。次いで、ツリフネソウ属とカラマツソウ属の低山の花です。
       (標高 3200 ~3400m)
 ユリ科 ノトリリオン・マクロフィルム     キキョウ科 カンパヌラ・パリダ  
       
     (標高 3300 ~3400m)
   ツリフネソウの仲間    カラマツソウ属タリクトラム・ビルガツム 

岩山が広範囲に崩落した場所(標高3800m~4000m)まで登るとメコノプシス・ワリッキー・フルコ=プルプレアの独壇場です。
 (カルカの南・崩落地 標高4000m)

標高4200mまでくると、ワリッキーは数が少なくなり、M・パニクラータに場所を譲るようになります。小川の向こうの花はM・パニクラータ。その左隣にM・グランディス(すっと茎をのばし、1個だけ果実をつけます)。
上の斜面に林立しているのはパニクラータです。

中央の薄黄色の花はM・ワリッキーです。赤ワインの色ではありませんので、名前を付けるとしたら、
M・ワリッキー・ルテア(黄色の意味)になるでしょうか。


ナンゴ・ラは左上の山の右端です。


もう少し上ると…ワリッキーは紅一点。他はパニクラータだけになります。
   
  パニクラータの林の中に既に花の終わったM・グランディスの株がたくさんありました。
 
中尾がこの場所を訪れたのが6月22日。私は7月28日。1カ月も後でしたので、グランディスに会えなくても仕方がないのですが・・・
しかし、中尾がパニクラータやワリッキーについて言及しなかったのは、彼が訪ねたときはまだ花をつけていなかったからでしょう。
ここは三種の青いケシの大群落地だったのです。7月上旬であれば、この三つの花が同時に見られる機会がありそうです。
 
あと500m砂礫の急坂を登り、ナンゴ・ラを訪ねます。中尾はここを越えてヌプチュー登頂に向かいましたが、私はここで引き返します。
ナンゴ・ラ(南から)


ナンゴ・ラの北
中尾はこの道を歩いて行った。
 
 
 
 峠には香炉があり、通行者は
ここでお祈りを捧げます。
その下に

ロディオラ・クレティニー
(Rhodiola cretinii)

この花は、雌雄異株ですが、
どちらがどちらでしょう?

(標高 4776m)

 
   
帰路で見た花々         
       
 ラン科 スパトグロティス・イキシオイデス    ツユクサ科 キアノティス・クリスタータ    イワタバコ科 ディディモカルプス・オブロガス
         
         
    キンポウゲ科 デルフィニウムの仲間    ケシ科(コマクサ) デケントラ・マクロカプノス      不明 ウツギの仲間か?


(3)ゴサインクンドの花々

 カトマンズから3日間で池の側まで行けるお手軽トレッキングで、高度順化には最適なコースです。出合った登山者も軽装で、「天候が変わったらどうするんだ」と心配になるほど(1Kmごとに山小屋があるので、逃げ込めばなんとかなるようです)。この地域にある2種類の青いケシを探すつもりでしたが、かなり重い高山病にかかり、ほうほうの体で下山しました。一度経験すれば二度はないのが高山病。お陰でその後の5000mの峠も問題なく越すことができました。
 メコノプシス・ナパウレンシス
 (Meconopsis napaulensis)

この花がカルカッタ植物園園長のウォーリックによって、1820年に初めてヨーロッパに紹介された青いケシ。ナパウレンシスはネパールの意味。
当時、ヨーロッパではウェリシュ・ポピーと呼ばれるメコノプシス・カンブリカが知られていて、同じ黄色い花だったのでこの花もメコノプシス属に分類された。 カンブリカは今ではメコノプシス属から外れていて、メコノプシスの命名法に混乱をきたす元凶ともなった。もし、最初に紹介された花がM・シンプリキフォリアのように青い花だったら、メコノプシスとは別な属名を付けられていたかもしれない。数奇な運命を持つ花である。

(ゴサインクンドの西 標高4350m)

  M・ワリッキーは以前はナパウレンシスと同じと見られていました。それは、葉の切れ込みが同じように深裂しているからです。しかし、果実の付き方や丈は全く違います。

もう一種の、あるとされるメコノプシス・ドォージーを捜したのですが、見つかりませんでした。図鑑に載っていたドォージーはどう見てもナパウレンシスのようです。

 ユリ科
ロイディア・チベチカ
(Lloydia tibetica)

(チョラン・パティの東
  標高3600m)
     トウダイグサ科
ユーフォルビア・
ルテオブリデス

(Euphorbia luteoviridis)

(シンゴンパの東
 標高 3500m)
       
 サクラソウ科
プリムラ・
ロトゥンディフォリア

(Primula rotundifolia)

ナパウレンシスの傍で
咲いていた。

(ゴサインクンドの西
  標高4350m)
   
 サクラソウ科の一種
 プリムラ・コンキンナか?
 (Primula concinna?)
(ゴサインクンドの西  標高4350m)
       
 マメ科
スポンギオカルペラ・
プルプレア

(Apongiocarpella
 purpurea)
紫色の花もあるが、
これは黄色。


(ラウリ・ビナヤックの東
 標高4100m)
   キンポウゲ科
オキシグラフィス・
エンドリケリ

(Oxygraphis endlicheri)

(ラウリ・ビナヤックの東
 標高4100m)

 ゴサインクンドはヒンズー教の聖地。7月には大きな祭りがあり、ネパールはもとより、インドからも大勢の巡礼者が集まります。当然、宿泊施設は不足しますので、皆テントで寝泊まりします。そのため、登山道にはところどころに平坦な場所を作り、テントを設営できるようにしてあります。巡礼者の中には、シヴァ神の象徴である三叉槍(トライデント)を持って登る人もいます。
頂上のゴサインクンド(クンドは池)のほとりで石を積み、家族や自身の健康や幸福を祈ります。
 父の訃報をまだ受け取っていなかった私は、このほとりで「穏やかな最期を」と祈っていました。

 ゴサインクンドには岩山の間に大小いくつもの池があります。ガイドからこの池の創成神話を聞きました。
  その昔、ゴサインクンドは1万メートルもある巨大な山でヒマラヤで一番大きかった。そしてその頂上にはシヴァ神が住んでいた。ある時、シヴァ神はマリファナを吸って気持ちよく寝ていたが、目覚めて、喉の渇きを覚えた。水を飲もうとあちこち探したが、見つからない。喉はますます乾いてゆく。怒ったシヴァ神は手に持っていた三叉槍を山の頂上に突き立て、粉々に砕いてしまった。頂上は跡形もなくなり、平になってしまった。そして槍で突いた跡には窪みができ、雨が降るとその窪みは池となった。その池の一つで最も大きいのがゴサインクンドになった。

ゴサインクンドの周囲にはランタンヒマールやガネッシュヒマールなど7000mを超える山々があります。ゴサインクンドは単独峰なので、これらの山々の格好の展望台です。
   
ガネッシュヒマールがくっきりと。 昨年、この麓で花を捜した。  ランタンリルンも雲間から頂上を覗かせる
 
そして、遠くチベット国境の向こう側に
 世界第14位の8000m峰
  シシャパンマ (標高 8027m)



(おしらせ)
★「青いケシの世界」写真展が開催されます。
青いケシ研究会では、80種近くある青いケシのほとんどを網羅する写真展をこの10月に新宿御苑で開催します。私も2点出展します。ご興味があればお運びください。
日時: 2018年10月2日(火)~8日(月・祝) 午前9時~午後4時30分 (最終日は午後3時まで)
場所: 東京都新宿区 新宿御苑インフォメーションセンター1F アートギャラリー

(画像をクリックすると拡大します)


★「登山時報」にブータンの青いケシを掲載しています。
この5月から日本勤労者山岳連盟(労山)の機関誌「登山時報」に、一昨年(2016年)に訪れたブータンの青いケシについて文と写真を掲載しています。
写真は既にご案内したものですが、文は新発表です。これまでの各号のページをWebページに掲載し、閲覧できるようにしましたので、ご興味があれば、それぞれの号をクリックしてご覧ください(PDFファイルです)。
2018年5月号
2018年6月号
2018年7月号
2018年8月号
2018年9月号


「登山時報」は労山の会員でなくても購読できます。ご希望の方は03-3260-6331 メール:tozanjiho@jwaf.jp (http://www.jwaf.jp)までお申し込みください。


★災害被災者(東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨など)へのチャリティにご協力ください。
これまでも震災遺児への奨学金支援や震災被災者仮設住宅への花の写真贈呈などのチャリティ活動を続けてきましたが、今回も年末に向けて実施いたします。皆様のご協力お願いしたします。
1.震災遺児への奨学金支援
(カレンダー)
今年撮影した花を中心に「四季の花々カレンダー」を作成します。(昨年のサンプルはここをクリックしてください)
1部 1,000円 (送料 5部まで200円)で販売し、1部につき1000円を購入者のお名前で、公益財団みちのく未来基金へ寄付いたします。
財団から控除証明書が送付され、寄付金は全額所得税控除の対象となります。
(前回は120名の方のご協力を得、22万円を寄付することができました)

(額装写真)

 掲載している花(これまで掲載した分を含む)の中でご希望の花をプリントして、額装します。木製の額です。
価格は写真のサイズにより、
A4版(額縁外寸:306×378mm) 3000円(送料を含む)
A3版(額縁外寸:380×503mm) 4000円(送料を含む)
(他のサイズや額なしも可能ですので、ご相談ください。)

上記カレンダーと同様、1部につき1000円を購入者のお名前で、 公益財団みちのく未来基金へ寄付いたします。
   (サンプル)
  


2.応急仮設住宅への花の写真贈呈はしばらくの間停止します。
昨年末、東北、熊本及び北九州水害地区の応急仮設住宅へ花の写真贈呈の案内を出しましたが、応募は北九州朝倉市の応急仮設住宅自治会から1件あったのでみでした。東北では復興住宅への入居、熊本では民間借り上げ住宅への移転で応急仮設住宅の入居者が大きく減っているからです。それ自体は復興が進んでいる証拠でいいことなのですが、申し込みがないため、これらの地区での募集を停止します。これまでご協力いただきました皆様に厚くお礼申し上げます。
しかし、北大阪地震や西日本豪雨などで住宅を失った被災者がありますので、今後、応急仮設住宅が開設されましたら再開したいと考えています。
その節はまたご協力をお願いいたします。

ご協力・ご協賛いただける場合、matsunaga(この間に@を入れるか、ここをクリックしてください)insite-r.co.jp まで 数量(部数、サイズ)をお知らせください。


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