ケープの春 アヤメの天国

昨年(2018年)8月末から9月末まで、早春の花を求めて南アフリカ・ケープ地方でフラワーウォッチングの旅をしました。
世界には6つの植物区系がありますが、そのひとつ、アフリカ最南端のケープタウンを中心とするケープ植物区系は面積が約30万km2と非常に狭いのですが(イタリアやフィリピンとほぼ同じ面積、世界の陸地全体の0.2%)、この狭い範囲こ9000種の植物(固有種は6300種)が生育しています。その上、ここは地中海式気候の乾燥地帯で、植物が育つ場所は冬に降った雨が流れるところに限られます。そのため、植物が生育できる場所では、花、花、花・・・花の大洪水になります。

8月末から9月下旬まで約1カ月間、寒さも和らぎ始めた北部のナマクワランドから花を追ってだんだんと南下し、ケープタウンに至りました。それでも2000m近い山々には雪が残っていました。旅の前半は、セルフ・ケータリングという自炊のキャンプツアー、後半は花の専門家と一緒のグループツアー、そして最後はケープタウンの植物園やテーブルマウンテンを廻る一人旅。たくさんの花を堪能しましたが、今回はアヤメを中心に南アフリカケープ地方の春の花々をご紹介しましょう。
コース
(1) スプリングボック=フーハップ自然保護区=ナマクワランド=ニューウッドビル(8月24日~9月3日)
(2) ウエストコースト国立公園=レリーフォンテン= カルビニア=ツルバーグ=ケープタウン=ウスター(9月4日~19日)
(3) ケープタウン市内(カーステンボッシュ植物園、テーブルマウンテン)(9月20日~29日)

(南アフリカ南部) (Google mapより)

(1)ナマクワランドの花々  
北部のナミブ砂漠に続くナマクワランドは砂漠地帯ですが、冬に大量の雨が降るとキク科の花で大地が埋まります。そんな花の洪水の中に、球根を持つアヤメの仲間が銀河の中ににきらめく恒星のように光り輝きます。
 グラジオラス・サルテリ
 (Gladiolus salteri)

日本でもグラジオラスはあるが、すべて園芸種で野生のものはない。和名がオランダショウブ(阿蘭陀菖蒲)からわかるように、明治時代に南アフリカから持ち込まれ、広く栽培されるようになった。

野生種のグラジオラスには丈の低いものも多く、この種は10㎝程度。南アフリカでも希少種で、ナマクワランドの北西、スプリングボックの東にわずかに見られる。

グラジオラスの名は葉の形が剣に似ていることからラテン語の剱Gladiusからとられた。

(フーハップ自然保護区 標高950m)
アヤメ科の花は世界で66属2000種ほどあるといわれていますが、南アフリカではその半数、1050種あり、その97%が固有種です。グラジオラス属のほか、イキシア属、モンテブレティア属、バビアナ属などが日本に入ってきていますが、そのほかにもモラエア属、ゲイソリザ属、ラペロウシア属、スパラクシス属など約30属ほどのアヤメの仲間があります。
(日本の野生種ではアヤメ属、ヒオウギ属とイワゼキショウ属の3属7種しかありません)
   
 モラエア・シュレヒテリ    ラペロウシア・シレノイデス
 (フーハップ自然保護区)    (スプリングボックの南)
 
 
バビアナ・フラメシ(Babiana framesii)
 (ナマクワランド・スキルパッド 標高470m) 
    バビアナ・ドレゲイ(Babiana dregei)
 (ナマクワランド・レリーフォンテン 標高1200m)

「ナマクワランド」というと、世界四大花園のひとつで、花がいっぱい咲いているところ、とイメージされるかもしれませんが、実は荒涼とした乾燥地帯。草地のある所はヒツジやヤギの放牧のため、電気柵で囲われた私有地となります。その柵の傍に点々と花が咲きます。
 
そして、所々にガザニアなどのキク科の花の大群。
 (レリーフォンテン)

実はこの花園、(キク科の花には毒はないため)羊に与える牧草代わりに植えたものでした。
        
  ラペロウシア・ファブリキ
(Lapeirousia fabricii )

(ホンデクリップベイの東 標高150m)

    モラエア・フガクッス
     (Moraea fugax )

モラエア属は日本のアヤメに似たところもあるが、生育地は湿地でなく、海岸の砂丘地帯。葉からの蒸発を抑えて乾燥に耐えるため、葉は細く長い。
この花は午後のわずかな時間しか開花しない。このためフガクッス(ラテン語で「はかない」の意味)と名付けられた。

    (ホンデクリップベイ 標高3m)
 

ナマクワランドを離れ、国道7号を南下し、ニューウッドビルに向かいます。

    テーブルマウンテンと言えば、ケープタウンの背後にある山が有名ですが、
実はテーブル状の山(台地)は至る所で見られます。標高が1000m近くある
ため、麓はカラカラに乾いた砂漠地帯でも、台地の上には雲ができ、雨が
多く降り、緑の多い湿潤な気候となります。花も多く、また、農業や牧畜が
営まれています。

(バンリンスドルフ付近)
   モラエア・セルペンテーナ
   (Moraea serpentina)

テーブルマウンテンの麓は乾いた大地。
過酷な環境でも、葉をコイルのように巻いて
蒸発を防ぎ、植物たちは柔軟に対処する。
ちなみにセルペンテーナは、(コイル状の葉の形から)
蛇の意味。

(標高170m)
   
 モラエア・ビフィダ (Moraea bifida)

標高740mのテーブルマウンテンに上がると、そこは緑の沃野。オレンジ色のアヤメが見渡す限り広がります。
(ニューウッドビル自然保護区 標高740m)
 

ここには様々なアヤメの仲間たちが咲き競います。
   ヘスペランサ・バギナータ
 (Hesperantha vaginata)

 黄色と黒(濃いエンジ色)の注意信号。虫の注意を引くのにも効果があるようだ。茎の下部の葉が、鞘状(ラテン語のバギナ)になっていることから、この名がつけられた。

  モラエア・レガリス
   (Moraea regalis)
 
 日本で見るアヤメに近い形。
 
   ヘスペランタ・クキュレータ
 (Hesperantha cucullata)
妖精のような




フェラリア・バリアビリス
(Ferraria variabilis)
 スパラクシス・トリコロール
 (Sparaxis tricolor)
    ラペロシア・オレオガナ(lapeirousia_oreogena)
 

ロムレア・モンタナ
(
Romulea montana ) 
 
バビアナ・バンジリー

(Babiana vanzyliae)
 
    ゲイソリザ・スプレンディシマ
 (Geissorhiza splendidissima)
 
花弁が陽を受けると、キラキラと輝く。
アッカンベーをしているような不思議な表情。 
 
 
 

   スパラクシス・エレガンス(Sparaxis_elegans)
   名前の通り、優雅でエレガンス。中央のリングが特徴的で、首飾りのよう。基準種は薄いオレンジ色。
      イキシア・ラプンクロイデス
(Ixia rapunculoides)
  日本にも園芸種として入ってきている。丈夫で育てやすいので人気。
現地でも大きな群落を作っていた。 
 
 南半球の星空  
 
空気が乾燥しているので、夜空は星でいっぱいです。
右上から中央下にかけて天の川が流れ、そのそばに
南十字星がきらめきます。左の方には大小のマゼラン星雲も見えます。
(遠い将来、天の川銀河はアンドロメダ星雲と合体するとか・・その頃、人類も含めた地球生命体は存在しているのでしょうか)
 
ワインで有名なツルバーグへ向かいます。途中、6億年前の地層がむき出しになったセダ―バーグに立ち寄ります。
ツルバーグではワイナリーに泊まり、美味しいワインと花々を堪能しました。
グラジオラス・ベヌスタ
(Gladiolus venusta)
美の女神ビーナスから名付けられただけあって、飛び切りの美人。 
こんな美人なら何人いても・・・

(ウッパ―タールの北)
         
     
モラエア・ガウレリ
(Moraea gawleri)
  モラエア・ファリカウリス
(Moraea filicaulis)

  スパラクシス・グランドフローラ
 (Sparaxis grandiflora)

丈は20㎝ほどだが、花弁の直径は4㎝近くあり、
名の通りこの属の中では最も大きい。
ツルバーの入口近くの牧草地に群落を作っていた。
(標高120m)

ツルバーは、三方(東西北)を1000mを超す岩山に囲まれた京都のような地形。夏は暑さに加えて、乾燥も厳しい。このため、おいしいブドウが収穫できる。
   (宿泊したワイナリーのロッジ)
   
  グラジオラス・アラータス
(Gladiolus alatus)
   バビアナ・ビローサ
(Babiana_villosa)

ツルバーから南へ20㎞ほど行ったところに、広大な私有地を自然保護区にしたエランズ自然保護地区があります。
ここは限られたゲストしか招かない特別の場所。アヤメの仲間で最も美しいといわれるピーコック・モラエアのほか、
日本人の名をとったアヤメなど固有種も多くあります。
 モラエア・ビローサ
 (Moraea villosa)
 モラエア・ビローサ・エランズモンタナ
 (Moraea villosa subsp. elandsmontana)
モラエア・ツルバゲンシス
 (Moraea tulbaghensis) 
         モラエア・オガマナ
 (Moraea ogamana)

2014年に新種として認定されたが、きわめて
絶滅が心配されている。
南アフリカの植物保護のため、新種の植物の
命名権を募ったところ、資金援助者があり、
その人の名前が献名された。
     
     
  ワトソニア・デュビア
(Watsonia dubia) 
コドノリザ・エランズモンタナ
( Codonorhiza elandsmontana)


これまで、ずっと国道7号に沿って内陸部を南下してきましたが、ここで西に転じ、海岸部(ウエストコースト)へ行きます。基本的に乾燥地帯ですが、海からの湿気で霧が立ちます。植物たちはわずかな水分をしっかりと取り入れて、成長します。

  バビアナ・リンゲス
(Babiana lingens)

小型の鳥(サン・バード)を花粉媒体者とする花。
後方へカーブした茎状の枝(葉の変形)に鳥が停まり、蜜を吸う。その際、花粉が鳥に着いて運ばれる。
この種は大型の種類。

 
 サンバード(体長15㎝ほど)
   ロムレア・タブラリス
(romulea.tabularis)
 
ロムレア属の中で、唯一の青みを帯びた花弁を持つ。
タブラリスはテーブルの意味で、ケープタウンのテーブルマウンテンで最初に採集された。
 
  バビアナ・ルブロキアネア
(Babiana_rubrocyanea)

ウェストコーストの中心地、ダーリン地域の固有種。
毎年9月、ダーリンでは野生植物のフェスティバルが開催され、全国から花好きが集まります。
     
「いずれ菖蒲か杜若」

南アフリカ版です。
 
  ロムレア・オブスキュラ
(Romulea obscura)
ロムレア・エキシミア
(Romulea eximia)

海岸砂丘地帯ではガザニアなどのキク科の花が優勢です。
 
 
いよいよ西ケープ州の州都、ケープタウンに入ります。高速道路が縦横に走り、まるでアメリカ西海岸に来たようです。
中央の三角形の山が、ライオンズヘッド、その右が大砲の音で時報を告げるシグナル・ヒル。左のテーブルマウンテンは雲の中。

車は日本と同じ左側通行。

ケープタウンでは市内のホテルを拠点に、ケープ半島や東の郊外で花探索を行い、また、グループと別れたあとは、ゲストハウスへ移り、カーステンボッシュ植物園やテーブルマウンテンで花を探しました。

ケープ半島の海を見下ろす砂地に生える。

カリナ―タスはラテン語で
竜骨(キール)。葉の中央部が舟のキールのように盛り上がっている。

一方、デビリスは弱小な、軟弱なという意味で、日本ではヒメイチゲ(Anemone debilis)など、小さい、可愛い種に付けられます。
白い花弁に赤い蜜標が可愛く見えるのでしょうか。
グラジオラス・カリナ―タス
(Gladiolus carinatus)
グラジオラス・デビリス 
(Gladiolus debilis) 
 
     
 
  グラジオラス・ビレセンス
   (Gladiolus virescens)
 
 羽を大きく開いた蝶が羽ばたいているような。
この写真の株は花の色が薄紫色がかっているが、淡緑色が基準で、そのため、名は薄緑を表すラテン語に因む。

周囲の岩山は標高が2000mを越え、春半ば(9月中旬)だというのに、頂上付近では降った雪が残っている。

ケープタウンの東 ウースター郊外
 
 
     
 ここに紹介したアヤメの仲間は今回の旅で見たものの半数ほどです。このほかにも、キク科、ハマミズナ科などが何千、何百種もあるうえ、また季節によって別の花が咲くわけで、その種類の多さ、多様性のすごさに圧倒されます。

例えば、秋ならば(3月頃)、日本の彼岸花に近い種類のブルンスビギア(Brunsvigia)が乾燥した野原一面に咲きます。
来年3月には是非再訪したいと考えています。


★災害被災者(東日本大震災、北海道胆振地震、西日本豪雨)チャリティへのご協力、 ありがとうございました。
昨年12月、撮影した花々で作った花のカレンダーを案内し、ご協力を募りましたところ、111名の方に、合計204部をご購入いただき、全額(20万4千円)公益財団みちのく未来基金に寄付することができました。たいへんありがとうございました。東日本大震災で遺児となったかたへの奨学金として役立てられます。
また、北海道胆振地震や西日本豪雨で被災された方の仮設住宅へ花のカレンダーを150部お送りしました。
東日本大震災のチャリティにご協力いただいた方で、購入されたカレンダーを仮設住宅へご寄付いただいた方もありました。併せてお礼申し上げます。

令和になっても引き続きチャリティ活動を続けてゆきますので、今後ともよろしくご協力をお願いいたします。


★演能のお知らせ 「融」
今年は社中の発表会が国立能楽堂で開催されます。それに合わせ、源氏物語の主人公、光源氏のモデルとなった源融をシテとする能「融」を演じる予定です。この曲は、惜別や哀惜をあらわしているため能楽師の告別式でよく謡われます。
昨年亡くなった父への追善、母の7回忌、先だった友人たちへの想い、そして私の古希祝を兼ねて演じます。
日時:9月22日(日)
場所:国立能楽堂(千駄ヶ谷)


詳しい内容は、後日ご案内いたします。


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