インド ヒマラヤの青い花

昨年(2013年)、中国四川省で初めて青いケシに出会った時、この花の中毒になる予感がしていましたが、やっぱりというか、案の定、今年もまた、青いケシに会いに、北インドのヒマラヤ山脈の麓、ヒマチャール・プラディッシュ州(HP州と略します)とジャンムー・カシミール州の州境の小さな村(標高3300m)へ出かけました。ほとんど外国人が入ったことのないこの集落まで、ニューデリーから飛行機とマイクロバス・4輪駆動車を乗り継いで丸3日間、しかも途中、4420mの雪のサーチ峠と断崖絶壁を削っただけの山道の難所を越えて行かなければなりません。また、デリーでは43℃という暑さでしたが、サーチ峠では気温も10℃以下の涼しさ。こうした標高差・温度差おかげで(青いケシは1種類しか見られなかったものの)、バラエティある花々を楽しむことができました。今回はヒマラヤの空の色にも似た青い花々を中心にご紹介します。

 青いケシ
 (メコノプシス・アクレアータ)

60種ほどある青いケシ(メコノプシス属)の仲間の中で、華やかさで3本指の一つに入る花です。花弁が薄く、光を通すのですっきりした青色です。また、生育地によっては、花弁に紫色が入り、グラデーションが楽しめます。
生育地によっては、別種ではないかと思えるくらい大きなバリエーションがあります。

岩壁など日当たりや栄養分の少ない場所では花の色は薄く、また、丈も短いのですが、人家や畑の近くでは花の色も濃く、丈も1m以上になります。
この花は、人家近くのジャガイモ畑のそばですっくりと立っていました。草丈約1.5m、花の直径は約10㎝。


         
(HP州カングサール 標高3300m)
 
メコノプシス・アクレアータ     

まったく違う花のようように見えますが、上と同じメコノプシス・アクレアータです。この花はサーチ峠の南側の岩壁に咲いていました。この株は花を3個付けていますが、通常は1個か2個。草丈は約50㎝、花の直径は約5㎝です。

サーチ峠の南側はモンスーンの影響を受け、湿潤です。岩には苔がびっしりとつき、絶えず水が流れています。その分、栄養が少なく、花の色が薄くなったり、丈が短くなったりします。

(HP州ティサ~サーチ峠間 標高3100m)
これ以外にも多くのメコノプシス・アクレアータを見ました。とても同一種とは思えないくらいの変化に富んでいます。
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 延胡索(エンゴサク)        
 (コリダリス・カシュメリアナ)

メコノプシスと同じケシ科の花(キケマン属)ですが、舌状の長い花弁を持ちます。
学名のカシュメリアナは隣接するカシミール州から由来しています。
日本でも蝦夷延胡索が同じようにきれいなブルーの花です。


(HP州ティサ~サーチ峠間 標高3100m)
 
   
   花忍(ハナシノブ)  
 (ポレモニューム・カエルレウム)

日本では絶滅危惧種で、阿蘇、北岳(ミヤマハナシノブ)、そして礼文島(レブンハナシノブ)でしか見られませんが、ここではオダマキと一緒に群落を構成していました。形は阿蘇のハナシノブに近いですが、雌蕊が長いところはミヤマハナシノブに似ています。

(HP州ティサ~サーチ峠間 標高3000m)
   
 
   マメ科の花 (パロケトゥス・コンスムニス))
(ティサ~サーチ峠間 標高3000m 放牧地で)
 
       
 
 
   紫蘇(シソ)科の花 (サルビア属かタツナミソウ属か?)
(ティサのキャンプ地 標高3000m)
 
       
 得撫草(ウルップソウ)の仲間
 
(ラゴティス・カシメリアーナ)

日本では北海道と八ヶ岳、白馬岳でしか見られないウルップソウ。
日本のものは葉が肉厚ですが、ここの葉は薄く、立っています。サーチ峠の南斜面に群落を作っていますが、峠を越えると乾燥しているため見られません。

   (HP州サーチ峠南面 標高3300m)

                  ムラサキ科の花?         

勿忘草(ワスレナグサ)と同じ仲間だと思いますが、不確かです。サーチ峠を越える手前に、警察のチェックポストがあります。行きはチェックされませんでしたが、帰りは車の前に整列させられ、写真を撮られました。その近くの岩の上に咲いていました。 

(HP州サーチ峠南面 標高3300m)
 
支那勿忘草(シナワスレナグサ)
(シノグロッサム)

これもムラサキ科の仲間。日本の勿忘草より色が濃い。
昨年、本場の中国で見ました。中国やインドに広く分布しているようです。

(HP州サーチ峠南面 標高3500m)
   
       文目(アヤメ)の仲間 
        (イリス・フッケリアナ)

アヤメは春、他の花に先駆けてに咲くのですが、高山地帯では夏の花と一緒に咲きます。背丈は10cm~15㎝と矮性です。

(HP州サーチ峠南面 標高3500m)

 竜胆(リンドウ)科の花 (ゲンティアナ属)
日本の深山竜胆(ミヤマリンドウ)によく似ていますが、正式な名前(学名)はわかりませんでした。

(HP州サーチ峠南面 標高3500m)
  大玉桜草(オオダマサクラソウ)
(プリムラ・デンティクラタ)

雪解け水が道路の斜面を削り、土砂が流れ込んだところで咲いていました。サクラソウという華やかでひ弱なイメージからは想像できないほど、生命力の強い花です。

(HP州サーチ峠南面 標高3500m)
  
 桜草(サクラソウ)
(プリムラ・マクロフィラ)

サーチ峠直下の崖の上に咲いていました。
根を張る土もない岩の上で、わずかな腐植土
を頼りに必死にしがみついています。
この花の周囲はまだ3mほど雪が残っていました。

(HP州サーチ峠南面 標高4300m)
 
 
 サーチ峠(中央右寄りの凹部)を南面下の標高3500mより望む。
南面はモンスーンの影響を受けて雲や雪が多く、湿潤。
   サーチ峠の上(標高4420m)。正面の雪山の向こう側が目的地のカングサール。
モンスーンは峠で湿気を落とし、ヒマラヤの上に青い空が広がる。
 
喘ぎながら登った峠の上では・・・ご褒美を。
  深山紫(ミヤマムラサキ)
  
(エリトリキウム・ナヌム・ヴィロスム)

 峠は強風の通り道。群落で岩にしっかりと張り付いて咲きます。

     

        (HP州サーチ峠南面 標高4420m)
 桜草(サクラソウ)
 (プリムラ・レプタンス)

峠の手前で見たプリムラ・マクロフィラとよく似ていますが、葉の形や大きさが異なります。
上のミヤマムラサキと同じように、岩陰で身を寄せ合って風や寒さ、乾燥に耐え忍んでいます。
とても健気ですね。

 (HP州サーチ峠南面 標高4430m)

峠から断崖絶壁の悪路を一気に2300m下って、チェナーブ川を越え、また、3300mまで登り返すと目的地のカングサール。
途中、車のパンクが2回もあり、到着は夜9時をまわりました。

ガードレールもない断崖の道。落ちれば数百メートルを・・・。

キャンプ地から南を望む。晴れたのは帰る日の朝。最近山から下りると晴れるというジンクスが…。

翌日の朝はあいにくの雨でしたが、トレッキングを始めるころにはあがりました。
青いケシをはじめ多くの花を見ました。青いケシ以外の青い花は・・・。 
     風露草(フウロソウ)
     (ゲラニウム・ヒマライエンセ)

フウロソウは(ハクサンフウロ、ゲンノショウコなど)一般にピンク系の花をつけますが、ヒマラヤでは空の色を映してます。

(HP州カングサール 標高3300m)

 
蔓人参(ツルニンジン)
(コドノプシス・オヴァタ) 

キキョウ科の花。日本の釣鐘人参に
近い種類。

(HP州カングサール 標高3300m)
 
 鍬形草(クワガタソウ)
(ヴェロニカ・ラノサ)

春先の野原に咲くオオイヌノフグリの仲間。
雄蕊が2本、ニュッと出ているところが、兜の
鍬形に似ているからこの名がつきました。
日本での話ですが…


(HP州カングサール 標高3300m)
   キク科の仲間
(キケルビタ・マクロリーザ)

村のはずれの放牧地でキャンプをしましたが、
草はヒツジやヤギに食べられて、芝生のように
なっていました。(村の子供たちはそこでクリケット
に興じていました)
かろうじて残った中で、花頭の直径2㎝程度の小さい花。
キク科の草には毒草がないので家畜が好みます。

(HP州カングサール標高3300m)

 
 犬薄荷(イヌハッカ)
(ネペタ)

イヌノフグリ、イヌサフランなど「イヌ」がつくと
何か一段下に取られてしまいますが、なかなかかわいい花です。でも少し地味すぎますか。

(HP州カングサール 標高3300m)

           

以上が今回の花旅で見た青い花ですが、もちろん青い花だけを見に行ったわけではありません。
雄大なスケールのヒマラヤ山麓には赤、白、黄色など様々な花が一斉に咲いていました。
 雪解け水が滝となって流れ落ち谷を潤し、花の大群落を作ります。花の谷ならぬ花の滝。(HP州カングサール ギャブロム滝)

白い花は 桜草(サクラソウ)の仲間
      (プリムラ・ ムンロイ)
   奥の黄色い花は立金花(リュウキンカ)の仲間
     (カルタ・ゴヴァニアナ)
 
 
   以下はカングサールの谷にて撮影。
 
白山千鳥(ハクサンチドリ)の仲間
 (ダクティロリザ・ハタギレア)
     
灯台草(トウダイグサ)の仲間
(ユーフォルビア・ルティオヴィリデス)
     
 雉莚(キジムシロ)の仲間
 (ポテンティラ・ゲリダ)
 
  
 
 伊吹虎の尾(イブキトラノオ)の仲間
 (ビストルタ・アフィニス)

 
 深山苧環(ミヤマオダマキ)の仲間
 (アキレジア・フラグランス)

日本の深山苧環は濃紺ですが、これは白。
学名のフラグランスは「よい香り」ですが、
あまり香はしなかったような・・・・。

 深山小米草(ミヤマコゴメグサ)
(ユーファラシア・ヒマライカ)

日本でも高山~亜高山帯でよく見られます。
 
 栃内草(トチナイソウ)
 (アンドロサケ・サルメントサの近縁種か)

サクラソウ科の仲間のトチナイソウ(日本では北海道や東北で見られ、発見者の栃内壬五郎から由来)は、高地では集団でクッション状のコロニーを作りますが、ここでは単体で分布しています。
左の花は、ほぼ完全な球状に花びらが集まっています。また、右の花は、岩の上で芽吹いたのですが、栄養がないため走出枝を土のあるところまで伸ばしています。まるで、生命維持装置のチューブみたいですね。
 
 
   
   
 松虫草(マツムシソウ)の仲間
 (モリナ・コールテリアナ)
   釣船草(ツリフネソウ)の仲間
 (インパチェンス・サルカタ)
   撫子(ナデシコ)の仲間
 (ディアンタス・アンギュラータス))
 
ゴマノハグサ科の塩釜菊(シオガマギク)も何種類かありました。
 
 ←
(ペディクラリス・プンクタータ)
茎の上に花が咲きます。

 →
(ペディクラリス・ペクティナータ)
穂状になっています。

どちらも上唇(嘴)が捻じれています。へそ曲がりならぬ、鼻曲り?

 黄華鬘(キケマン)の仲間
 (コリダリス・ゴヴァニアナ)

 この花もケシ科の仲間です。

 カングサール谷の奥には5000m~6000mクラスの雪山が鎮座しており、登攀欲をそそります。
 シバァーラ山
(標高5814m)

この山の奥には6070mの雪山とミヤール氷河が控えており、それを越えて東進するとヒマラヤを横切りチベット、カイラス山に到達します。

私たちのキャンプの隣に日本人の中年ご夫婦がキャンプを張っていて、ガイド・ポーターを連れてこの6000m峰に向かって、出かけてゆきました。


   帰路、奥の6070m峰がちょっとだけ見えました。

サーチ峠の上では
 黄花塩釜(キバナシオガマ)
 (ペディクラリス・オエデリ)

北海道・大雪山のキバナシオガマと
似ています。
 
    犬薺(イヌナズナ)
     (ドラバ・セロサ)

早池峰山の固有種、
ナンブイヌナズナ
と同じように黄色です
 
 岩弁慶(イワベンケイ)
 (ロディオラ・インブリカタ)

雌雄異株ですが、さて、どちらが、どちらでしょうか。
 パラキレギア・ミクロフィラ

キンポウゲの仲間。サーチ峠の北面の岩の上にクッション状の群落を作ります。とても華やかな感じです。
 姫柳蘭(ヒメヤナギラン)の仲間 
 (エピロビューム・スペシオスム)

蘭といってもオーキッドの蘭でなく、月見草と同じアカバナ科の花です。
日本の北岳ヤナギランが近縁種です。山火事の後、焼け跡にはヤナギランが一番先に咲きます。
 
サーチ峠の南面を下って、モンスーン気候に近づくと・・・
 
 
  金鳳花(キンポウゲ) (ラヌンクルス・ヒルテラス)     豆科の花 (アストラガルス・ザンスカレンシス)  
 
 桜草(サクラソウ)
 (プリムラ・ディッキアエナ)
 ユキノシタ科の花→
 (サキシフラガ・シビリカ)

日本のユキノシタとはイメージが違います。

↓ ヒマラヤユキノシタ     
(ベルゲニア・キリアタ)   
 
 
さらに下って、樹林帯に入ると・・・
 黄花駒の爪
(キバナコマノツメ)
(ビオラ・ビフロラ)

日本でもおなじみのスミレ。
 風鈴苧環
(フウリンオダマキ)
(アキレジア・プビフロラ)

花弁の後ろの尻尾(距)がありません。
 
 猿面海老根
(サルメンエビネ)
(カランテ・トリカリナタ)

日本では盗掘のため絶滅寸前ですが、ここでは車の通る道端に咲いていました。
大理百合 
(ダイリユリ)
(リリウム・タリエンセ)
 
もう標高も3000mを切りました。ここからは、マンゴー果樹園とランタナの咲く山道を丸1日かけて暑熱のデリーへ戻ります。

(お願い) 花の学名が不確かなものがあります。また、間違っているかもしれません。正確な名をご存じでしたらぜひお知らせください。


★東日本大震災被災者へのチャリティへのご協力、ありがとうございました。
1月に3回目の花写真を16箇所の仮設住宅にお送りしました。
今回は9名の方からご支援をいただきました。お名前は出しませんが、厚く御礼申し上げます。

秋には温かみのある花を送ろうと考えておりますので、みな様のご協力をお願いします。
1口(A3判1枚送料込み)3,000円で、寄贈者のお名前でお送りする予定です。
お問合わせ・協賛については matsunaga@insite-r.co.jp まで。


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