昨年(2020)に続き、今年もコロナ禍のためヒマラヤや中国で青いケシ探しができませんでした。ならば国内で最も人が足を踏み入れていない北海道・日高山脈へ。オリンピック疎開と称して、開催期間に合わせて出かけました。今回はガイドとサポートスタッフ(ポーター)のついた海外トレッキングスタイルで行いましたが、さすが日本の秘境、日高の山々はヒマラヤにも劣らぬキツ~~イ山行となりました。また、トレッキングの合間や終了後にラムサール条約に登録されている各地の湿原を訪ね、湿地や水辺の花々を観察しました。
もちろん、感染予防として市中でのマスク着用、テント使用や自炊などで極力人とのコンタクトを減らしたほか、ワクチン接種を済ませて出かけました。

酷暑の東京に帰ると、コロナの感染爆発。緊急事態宣言をいったん解除してまでオリンピック開催を強行した政府。その後すぐ再発出したものの、期間中の感染急増を見ると、「国民の命と健康を守る」という言葉が空々しく聞こえます。
 
(北戸蔦別岳から幌尻岳を望む)
北海道の背骨といわれる日高山脈。南は襟裳岬から北の夕張・芦別山地まで約200Kmの大山脈。約 1,300 万年前、北米プレートが西側のユーラシアプレートに乗り上げて形成された。その時、地中深くのマントル層が地表に押し上げられ、かんらん岩などのレアな岩石が地表で見られるという非常に特殊な地帯となっている。このかんらん岩は鉄やマグネシウムなどの金属を多量に含み植物の成長に障害となるため、他では見られない特殊な植物(固有種)が多くある。2012年に訪ねた日高南部のアポイ岳は全山かんらん岩で固有種の宝庫。

今回登ったのは幌尻岳(標高2052m)とペテカリ岳(1736m)。狙っていた花があった。
 
 カムイビランジ(神威びらんじ:ナデシコ科)(Silene hidaka-alpina) (日高山脈主稜線)

ヒマラヤの青いケシにも匹敵する希少種。絶滅危惧種でもある。
日高山脈の稜線上の花崗岩露岩の隙間や岩棚にへばりつくように生える。茎高5cm~10㎝、花の直径は1㎝ほどの可憐な花だが、岩が含む熱を頼りに、氷河期から生き延びてきた逞しさがある。

右の写真は戸蔦別岳と幌尻岳間の稜線上に突き出た岩の上のもの。ガイドにロープで確保してもらい、空中撮影した。
直下はヒグマの親子が3頭遊んでいた七つ沼カール。その夜はここでキャンプを張った。

右奥の三角形の頂は、カムイビランジの名のもととなったカムイエクウチカウシ山(通称カムエク)。
   
「カムイビランジ」をターゲットにしたきっかけは、青いケシ研究会の大先輩で長年、北海道の山岳や花々を撮影してこられた梅沢俊氏が昨年12月に出版された「世界花探訪」に掲載されたカムイビランジの記事。ポンヤオロマップ岳にある、と記されていた。普通、植物写真家は絶滅危惧種の所在地を明らかにしないものだが、登山道が廃道となり、その困難なアプローチに「盗掘の心配がなくなった」から明かしたので、「花ファンのあなたなら当然挑戦されるのでしょうね」と、挑発的な一言。青いケシ探索でも梅沢さんの追っかけをしていた私がこの挑発に乗らないはずもなく、いろいろ手を尽くして調べたのだが、「ポンヤオロマップに行けます」というガイドはおらず、カムエクは日程調整ができず、最終的にこの2座に絞った。登ってみて「盗掘の心配がない」が誇張でないことが分かった。幌尻岳はまだしも、ペテカリ岳など日高主稜線ルートは、福岡大生の羆襲撃、東京理科大生の水難などの影響か、今やこのルートを歩く登山者はほとんどおらず、ハイマツが道を覆いつくす。ハイマツは下に向かって枝を伸ばすので、登りでは枝が抵抗し、前に進めなくなる。このため、枝を踏んで行くのだが、時々、バランスを崩してズボッとはまる。そのうえ、稜線上に水場はない。こんな山々を縦横に駆け巡り、山や花の姿を写真に納めてきた梅沢さんの凄さを改めて思い知った。私はペテガリ岳の後で登る予定だった神威岳を諦めたざるを得なかったというのに…。
なお、今回、花の名を調べるのに梅沢俊氏の「山の図鑑 夕張山地・日高山脈」(北海道新聞社:絶版)を参照させていただいた。
 ペテカリ岳から南へ続く日高主稜線。
ポンヤオロマップ岳へは途中から、東の支尾根を行く。かすかな踏み後があるだけだ。
   
ヌカビラ岳から幌尻岳へ向かう稜線上で赤茶色の岩が所々で剝き出しになっている。これが橄欖(かんらん)岩。アポイ岳のほか、早池峰山、白馬岳、四国の東赤石山など希少種の多い花処にはかんらん岩やこの岩の変成した蛇紋岩が多く見られる。 

(戸蔦別岳から北へ伸びる稜線。遠く、夕張岳と芦別岳が雲上に浮かぶ)
 ユキバヒゴタイ (雪葉平江帯:キク科)
 (Saussurea chionophylla)

ここ日高山脈北部の山と夕張岳の固有種。かんらん岩や蛇紋岩地に生える。葉には硬く、葉脈に白い筋が入る。光沢があり、裏には綿毛が生じる。

 (花の拡大)
 

   (ヌカビラ岳/背後の山は芦別岳) 
     ウスユキトウヒレン(薄雪塔飛廉:キク科)
(Saussurea yanagisawae)

ヒゴタイの仲間でアザミに近い。尾根の風衝砂礫地に生える。ユキバヒゴタイに比べ、葉は長く、棘があるが、裏に綿毛は付いていない。生息地域は広く、大雪山や羊蹄山でも見られる。

(戸蔦別岳北斜面/背後の山は幌尻岳)
 エゾタカネセンブリ (蝦夷高嶺千振:リンドウ科) 
 (Swertia tetrapetala var. yezoalpina)

5弁が多いセンブリの中で、学名が示すように4弁(tetra)の花弁(petala)に青い斑点を持つ。写真では分かりにくいが花弁の中央に縦長の蜜線がある(黄色い枠)。
             (戸蔦別岳北斜面) 
 
      ミヤマアケボノソウ
(深山曙草:リンドウ科)
(Swertia perennis subsp. cuspidata)

本州に咲く(普通の)アケボノソウが丸く黄色いはっきりとした蜜線を持つのに対して、ミヤマアケボノソウの蜜線は溝状で不明瞭だ。ミヤマと名がついているが、アケボノソウの高山型ではない。

(アケボノソウ) 
 (ヌカビラ岳)
 
 ホソバツメクサ(細葉爪草:ナデシコ科) 
 (Minuartia verna var. japonica)

本州の高山で見られるタカネツメクサの仲間。花弁は星型で先端が丸くなっているのが特徴。
   (戸蔦別岳北斜面) 
      オオイワツメクサ
(大岩爪草:ナデシコ科)
(Stellaria nipponica var. yezoensis)

上のホソバツメクサと似た名前が付いているが、花弁は深く切れ込み、先端が尖っている(5弁だが10弁に見える)。本種は本州のイワツメクサと同じハコベ属で、ホソバツメクサとは属が異なる。日高山脈と夕張岳の固有種。

異なる種や属に似た名前を付けると混乱のもととなる。早く整理してほしいものだ。

(北戸蔦別岳頂上直下の橄欖岩砂礫地)
茎の高い黄色い花はサマニヨモギ(様似蓬)
 
この稜線上にはもう一種のツメクサがあった。
  
  エゾタカネツメクサ (蝦夷高嶺爪草:ナデシコ科)
 (Minuartia arctica (Steven ex Ser.) Graebn. var. arctica)

タカネツメクサの基本種。ホソバツメクサに比べて花弁の先端がさらに丸い。

     (北戸蔦別~戸蔦別岳の稜線上)
  そして…ナデシコらしいナデシコ

 タカネナデシコ(高嶺撫子:ナデシコ科)
 (Dianthus superbus var. speciosus)

 平地でよく見るカワラナデシコの高山型


   (北戸蔦別~戸蔦別岳の稜線上)
 
 イワギキョウ (岩桔梗:キキョウ科) (Campanula lasiocarpa)(左・中)
                  
 チシマギキョウ (千島桔梗:キキョウ科) (Campanula chamissonis)(右)

いずれも本州の高山でも見られるが、狭い範囲で両種が見られるのはさすが北海道。似た花だが、チシマギキョウには花弁に毛があることで識別できる。
 
(幌尻岳南陵)
 
(ヌカビラ岳)

北海道の高山植物にはエゾ(蝦夷)、チシマ(千島)、カラフト(樺太)など北方の地名を持つものが多い。多くは北海道の固有種である。
 ←
エゾトウウチソウ(蝦夷唐打草)
(バラ科:Sanguisorba japonensis
 ワレモコウの仲間。
    (ヌカビラ岳の稜線)

カラフトゲンゲ(樺太紫雲英)→
(マメ科:Hedysarum hedysaroides
 イワオウギの仲間。
     (ペテカリ岳)
 
 リンネソウ(リンネ草:スイカズラ科)
(Linnaea borealis)

この花は知らなくても、「リンネの法則」で有名な植物学者カール・リンネを知っている人は多いはず。この花を好んだリンネが自らの名をつけた。ちなみに、植物の命名法(二名法:属名+種小名)はこのリンネが打ち立てた。一種の役得かな?
日本ではもともと、花が二つ並んで付くことからメオトバナ(夫婦花)と呼ばれていたが、誰か分からないが、リンネを敬愛する日本の植物学者が、和名まで献名したようだ。

  (戸蔦別岳)
 
 
 稜線上には水が少ないため秋の訪れは早い。まだ7月だというのにチングルマが穂を風になびかせていた。 
(幌尻岳南陵)

かつて日高山脈は氷河に覆われていて、氷河が削った急峻な壁を持つ圏谷(カール)が無数にある。カールには残雪が遅くまで残り、稜線上の花が盛りを過ぎても、花々はみずみずしく輝いている。と、同時に雪解け後に芽吹く新鮮で柔らかい葉を求めて、そして汗腺のない体を冷やすため、ヒグマたちが雪渓へやってくる。
 (幌尻岳南陵から七つ沼カールを望む)

14時間かけて 幌尻岳の頂に立った後、急峻な崖を下り、七つ沼カールにテントを張った。翌日は雨。一日中テント内で過ごし、休息を取る。雨が小やみになった夕方、ヒグマの親子が遠慮がちに出てきて、雪渓の上部で食事を始めた。
    エゾヨツバシオガマ
 (蝦夷四葉塩釜:ゴマノハグサ科)
 (Pedicularis chamissoni) 

本州のヨツバシオガマ(Pedicularis japonica)によく似ているが、花序軸に多数の花(平均で7段、多いのは20段もある)が付く。
4枚の葉が輪生するため、この名がついた。大変ゴージャスな花である。

(七つ沼カール)
←エゾシオガマ
  (蝦夷塩釜:ゴマノハグサ科)
  (Pedicularis yezoensis)


  エゾウメバチソウ →
  (蝦夷梅鉢草:ユキノシタ科)
  (Parnassia palustris)
 
 
      コバイケイソウ(小梅蕙草:ユリ科)
 (Veratrum stamineum)

本州の高山(北・中央・南アルプス)や東北の山々から北海道の高地に生育する。よく群落を形成するが、北海道ではあまり見ない。アルカイド系の有毒成分を含む。
 
   チシマフウロ
 (千島風露:フウロソウ科)
 (Geranium erianthum)

本州の高山にはハクサンフウロ(白山風露)やタカネグンナイフウロ(高嶺郡内風露)が咲く。低山のゲンノショウコ(源の証拠)も同じ仲間。晩夏には葉が紅葉する。
   
 ハイオトギリ(這弟切:オトギリソウ科)
 (Hypericum kamtschaticum)

 カムチャッカの学名が付くように、北方産。
    エゾルリソウ(蝦夷瑠璃草:ムラサキ科 )
 (Mertensia pterocarpa var. yezoensis)

ワスレナグサの仲間。以前、大雪山や富良野岳で見た
ことがある。涸れた沼の傍らに一輪だけ咲いていた。
 
 イワブクロ (岩袋:オオバコ科)
 (Pennellianthus frutescens)
 別名:タルマイソウ(樽前草)
 
北海道から東北にかけての火山性の山でよくみられる。
幌尻岳に登る前に足慣らしで登った樽前山には大群落があり、そこから別名のタルマイソウの名がついている。
普通種はもっと紫色が濃いが、これはアルビノ(白化)に近い。
 
 
ペテカリ岳では、ここ数年人の通った形跡のない道なき道を歩き、稜線から藪をかき分けて急斜面を下り、カールに泊まる。カールから流れ下る水の冷たくて美味しかったこと。遅くまで残った雪が融けたばかりで、花々が一斉に芽吹く。開いたばかりの花が、今年最初で最後に出会うことになる尋ね人に笑顔をふりまいてくれる。 
 エゾツツジ
(蝦夷躑躅:ツツジ科)
(Therorhodion camtschaticum)

この時期には散っているエゾツツジだが
みずみずしい花をつけていた。
黄色いのはミヤマダイコンソウ。
 
    イワウメ (岩梅:イワウメ科)
 (Diapensia lapponica)
   低山のイワカガミやイワウチワもこの仲間。ヒマラヤにはピンク色の花を持つ種が1種ある。 
   
 イワヒゲ(岩髭:ツツジ科) 
 (Cassiope lycopodioides)

小さい鐘形の花びらをつける。
葉は針状(杉の葉に似ている) 
 
   エゾウサギギク
 
(蝦夷兎菊:キク科)
  (Arnica unalaschcensis)

本州のウサギギクは群生するのに対して、本種は群生せず、凛として咲く。名前は細長い葉が、兎の耳に似ていることから。 
 
 
 チングルマ (稚児車:バラ科)
 (Geum pentapetalum)

稜線上では既に穂になっていたが、カールでは岩間からしみ出す水のお陰で、「今が盛り」と咲き競っていた。
一見すると草のように見えるが、低木(木本)であり、茎には年輪がある。長いものだと20年以上生き、毎年花をつける。

幌尻岳やペテカリ岳では稜線に上がるまでに長い林道を歩き、滑りやすい急坂を登らなければならない。だが、花があればそんなアルバイトもそれほど苦ではなくなる。

 トリカブト類  (鳥兜:キンポウゲ科) (Aconitum app.)

日本には約75種類のトリカブトがある。そのうち、北海道には変種も含めると、10種ほどある。いずれもよく似ているし、個体によって変異が大きい。間違ってはいけないので、敢えてトリカブト類とした。種として、エゾトリカブト、カラフトブシ、ヒダカトリカブト、エゾホソバトリカブトなどがある。
トリカブトの根には有毒のアコニチンを含むが、なかでもエゾトリカブト(蝦夷鳥兜)は最強で、アイヌたちはこの毒を使って、ヒグマやエゾシカを狩っていた。毒にも強弱があり、毒性の弱いものは生薬となる。サンヨウブシなど、中には無毒のトリカブトもある。

(下の写真は多分、エゾトリカブト 浦河町神威山荘周辺)
 エゾレイジンソウ 
 (蝦夷令人草:キンポウゲ科)
 (Aconitum gigas)

トリカブトの仲間であるが、花の色は緑黄色(写真は早朝に撮ったので、色がはっきりと出ていない)。トリカブトほどではないが、毒性もある。

能に「富士太鼓」がある。太鼓試合で殺された夫の仇を妻が太鼓を打って晴らす話だが、その際、鳥兜をかぶった令人の姿で太鼓を打つ。

     (日高町千呂露川二ノ沢)
 ヤマルリトラノオ(山瑠璃虎尾:オオバコ科)
  (Pseudolysimachion kiusianum ssp. miyabei var. japonica)

以前はゴマノハグサ科に入っていたが、ルリトラノオやトウテイランなどとともにオオバコ科に組み替えられた。この後紹介するクガイソウと似ているが、本種は葉が対生する。
テンニンソウやミカエリソウも穂状の花をつけるが、こちらはシソ科の花。

(日高町千呂露川林道)
 
 ← エゾアジサイ
(蝦夷紫陽花:アジサイ科)
(Hydrangea serrata)


  ヒダカアザミ 
  (日高薊:キク科)
(Cirsium hidakamontanum)

   

 ナガバキタアザミ(長葉北薊:キク科)
 (Saussurea riederi subsp. yezoensis)

上記のヒダカアザミと異なり、ウスユキトウヒレンに近い。


(共に日高町千呂露川林道)
  コイチヨウラン
 (小一葉蘭:ラン科)
 (Ephippianthus schmidtii)

15cmほどの茎の基部に葉が
一枚だけつく。
   
(ペテカリ岳への尾根道で)
  アリドオシラン(蟻通蘭:ラン科)
 (Myrmechis japonica)

樹林や藪の下の湿った場所でひっそりと咲く。花の大きさはわずか1cmほど。アカネ科のツルアリドオシの花に似ていることから。

  (戸蔦別岳トッタの泉の下)
 
日高ではもう一種、狙っていた花があった。着生ランの仲間、ヒナチドリ。広葉樹の大木上部に着生するという。先述の「世界花探訪」の日本編に写真が載っていて、是非、見たいと思い、梅沢さんからおおよその場所を聞いていたが、目印となるポイントは流されていて、具体的な場所は特定できなかった。例え、分かったとしても10年以上前であるから、現在もそこにあるかどうかは分からない。ありそうな場所や樹を調べ回ったのだが、見つけることができなかった。梅沢さんが何度も通って、何日も探してやっと見つけた花。そうやすやすと見つかるものでないことは分かっているのだが…。
また一つ宿題ができた。
 (戸蔦別岳から見た幌尻岳と七つ沼カールの全景)
57年前(前回の東京オリンピック開催年)、白山に登って以来、98座目の百名山となった。私の山行は花探索が目的で、頂を踏むのはついでであるが、あと2座となると少し色気が出て、8月末南アルプス核心部の悪沢岳(東岳)に向かった。10年前、すぐ近くの荒川中岳に登頂したものの、時間がなく宿題となっていた。コロナの影響で山小屋は休業、寝袋や食料を背負っての登山となった。4日間好天に恵まれ、登山道も整備され日高の山に比べればプロムナード(散歩道)のよう。しかし、あと数Kmの所(荒川前岳の下)でタイムアウトとなり退却。無理すれば行けないこともなかったが、最終のバス便に間に合わない可能性があった。敗因は、コースタイム計画の甘さと20㎏近い荷重。10年前、難無く通ったという記憶が判断を誤らせた。確実に加齢していることを実感したし、宿題も果たせなかった。いくつ宿題が溜まっているのだろうか。励みにもなるのだが、最近は「日暮れて、道遠し」の感もある。


ガイドの調整がつかなかったため、幌尻岳とペテカリ岳のトレッキングの間が3日間空いた。休息を兼ねて、この期間を雨竜沼湿原でテントで過ごした。
ラムサール条約に登録された釧路湿原を始め、北海道には多くの湿原がある。日本三大湿原はすべて北海道にあり、釧路湿原のほか、サロベツ原野、霧多布(キリタップ)湿原(別寒辺牛湿原という説もある)。一方、高層湿原では浮島湿原、松山湿原と雨竜沼湿原が三大高層湿原で、雨竜沼湿原は「北の尾瀬」と呼ばれている。
北海道に湿原が多いのは、枯れた植物が寒冷のため腐敗せず、泥炭化するためである。今や大都市の札幌もかつては広大な湿原であった。
  ウリュウコウホネ(雨竜河骨:スイレン科)
 (Nuphar pumila var. ozeensis)
雨竜沼湿原の固有種。柱頭盤が紅色。学名にOzeが付いていることから分かるようにオゼコウホネの一品種だが、子房の色が異なり、赤い。
   
  エゾベニヒツジグサ (蝦夷紅未草:スイレン科)
 (Nymphaea tetragona var. erythrostigmatica)
雌しべの柱頭盤と雄しべの葯が紅紫色。未の刻(午後2時前後)に開花するのでこの名がついたが、実際は12時を回ると咲いていた。
でも、午前中は・・・この寝坊助はまだ、夢の中。さて、どんな夢を見ているのだろうか。
 
 クガイソウ (九蓋草:オオバコ科)
 (Veronicastrum japonicum)


輪生する葉が9段に見えるところからこの名がついた。以前はゴマノハグサ科に含まれていた。

花序の穂先に留まったトンボ。秋の使者の訪れだ。
後ろにはサワアザミ(沢薊)。
   ←ヒオウギアヤメ (檜扇綾目:アヤメ科)
  (Iris setosa)

尾瀬など日本各地の高層湿原や北海道の湿原で見られる。凛とした姿は湿原の女王だ。
和名の由来は、葉の出方が平安時代に宮中で用いられた檜の板を重ねた扇子に似ているため。

   エゾイヌゴマ(蝦夷犬胡麻:シソ科) → 
  (Stachys aspera Michx. var. baicalensis)
茎や葉に剛毛が付くのでイヌゴマと区別できる。植物名に「イヌ」が付くと、あまり役に立たない種と見做されることが多い。
 
 
タチギボウシ
(立擬宝珠:キジカクシ(ユリ)科)
(Hosta sieboldii var. rectifolia)
 
 ギボウシは日本各地で見られ、また日蔭でもよく育つので、園芸種として広く植えられている。
本種は北海道から東北にかけての産地や湿原でみられ、花は大きく横向きに咲く。
蕾が、橋の欄干にある擬宝珠に似ていることからこの名がついた。
 

 ナガホノシロワレモコウ
 (長穂白吾亦紅:バラ科)
 (Sanguisorba tenufolia var.alba) 
 
 本州には赤花もある。
  エゾノシモツケソウ(蝦夷下野草:バラ科)
 (Filipendula yezoensis)

綿飴に似た花穂をつける。本州のシモツケソウに比べ、葉の切れ込みは浅い。
下野とは栃木県の古名であるが、更に蝦夷がつくと「伊勢日向」(訳の分からないこと)になる。

(雨竜沼湿原河骨池から暑寒別岳を望む)
雨竜沼湿原で期待していた花があった。エゾゼンテイカ(蝦夷禅庭花)だ。ニッコウキスゲの仲間で、ここには大きな群落がある。その花が風に揺れる様をみたかったのだが・・・北海道の7月の異常な暑さで既に花は終わり、1株も見ることができなかった。ここ数年、こうした傾向が続いているという。明らかに気候変動がここでも起きている。代わりにと言っては何だが、6月初めに佐渡島で見た近縁種のトビシマカンゾウ(飛島萱草)を紹介。池の周囲で咲く様を想像されたい。
(佐渡市大野亀)

ペテガリ岳から下山後、神威岳に登る予定であったが、疲労でギブアップ。代わりに三大湿原の一つ、霧多布湿原へ向かった。
釧路と根室の間にある霧多布湿原は、名の通り、霧がタップリと海から流れてきて湿原を覆う。乾燥しやすい海岸地帯にもかかわらず草花はこの霧でしっとりと潤う。霧多布岬はウニ漁で有名だが、最近はこのウニや貝を求めて、野生のラッコが住み着いている。
 
 ←
 ホザキシモツケ
 (穂咲下野:バラ科) 
 (Spiraea salicifolia)

雨竜沼湿原のシモツケソウとは属が異なる。こちらは木本である。


    サワギキョウ  →
    (沢桔梗:キキョウ科)
    (Lobelia sessilifolia)

雨竜沼湿原を始め、各地の湿原で見られる。毒性がある。
  ナミキソウ (浪来草:シソ科) 
 (Scutellaria strigillosa)

タツナミソウの仲間。いかにも海岸に咲く花の名にふさわしい。地震の後、津波が来ると「波が来ますよ~~」と警告してほしいものだ。
 
 バアソブ (婆そぶ:キキョウ科)  
 (Codonopsis ussuriensis)

花の内側にそばかすのような斑点がある。そばかすのことを長野の方言でソブという。婆さんがいれば爺さんもいるはずで、ジイソブ(爺そぶ)はツルニンジンのこと。
   ツルニンジン 
  花はバアソブよりやや大きい。  (雨竜沼湿原) 
   ツリガネニンジン (釣鐘人参:キキョウ科)
 (Adenophora triphylla var. japonica)
 
     
  北海道から沖縄まで広く分布し、秋を知らせる鐘を鳴らす。
和名は釣鐘型の朝鮮人参から来ているが、若芽は食用になるものの、生薬としては利用されない。
 
 
 
   エゾノコギリソウ (蝦夷鋸草:キク科)
 (Achillea ptarmica subsp. macrocephala)

ノコギリソウは深く切れ込んだ鋸歯がある葉を持つが、本種はノコギリソウより大きいものの、鋸歯は深くない。近縁種に少し小柄でピンクの花をつけるキタノコギリソウ(後述)がある。
 エゾノレンリソウ (蝦夷連理草:マメ科)
 (Lathyrus palustris subsp. pilosus)

連理とは「比翼連理」のことで、夫婦・男女が仲睦まじいことを言う。葉がきれいな形で対生しているさまから来ている。植物の世界はとっくに男女均等なのである。
 
釧路で宿を取り、ウニやイカ、イクラなど魚介類を堪能した後、広大な釧路湿原を通り、(途中下車せず)サロマ湖へ向かった。サロマ湖とオホーツク海を分ける長大な砂丘湿原「ワッカ原生花園」で植物群を探す。昔は海とつながっていなかったサロマ湖だが、人の手によって海への開口部できたことで、ホタテ貝やカキなどの豊かな漁場になった。
  ハマナス (浜茄子:バラ科) (Rosa rugosa)

北海道や東北の沿岸部に分布していたが、強く、育てやすいため今や各地の公園などに観賞用に植えられている。日本原産のバラでヨーロッパに渡り、多くの園芸種の元となった。 
    
 
 高倉健の歌う「網走番外地」に、♪赤い、真っ赤なハマナスの~海を見てます、泣いてます♪がある。実は熟すと丸く、赤くなるが、とても茄子の形には見えない。牧野富太郎は、「元々はハマナシ(浜梨)であったが、(東北の人が「シ」を「ス」と発音することから)ハマナスに変わった」と唱えている。
   
 ←  エゾフウロ
 (蝦夷風露:フウロソウ科)
 ( Geranium yesoense)

茎高20㎝程で、チシマフウロに比べ、ずっと小さいく、ゲンノショウコのサイズに近い。

   エゾカワラナデシコ   →
   (蝦夷河原撫子:ナデシコ科)
(Dianthus superbus L. var. superbus)
 
前述のタカネナデシコと花の着き方が異なる。

 
  ヤナギタンポポ (柳蒲公英:キク科)
  (Hieracium umbellatum)
 
茎は30cm以上と高く、葉は細長い(長楕円状披針形)。街路や野原でよく見るタンポポとはイメージも属も異なる。
 
 
 
 
   
 
 キタノコギリソウ
(北鋸草:キク科)
 (Achillea alpina subsp. japonica)

前述のエゾノコギリソウより小さく、葉は細長く深い鋸歯がある。

  ナワシロイチゴ(苗代苺:バラ科)
(Rubus parvifolius)
  本州では苗代を作る頃に実が熟するのでこの名がついたが、オホーツク海沿岸では8月に入ってやっと熟す。
「花より団子」ではないが、花が少なかった分、せっせと実を摘まんで口に運んだ。モミジイチゴに比べれば甘味が少ないが、そこそこ行ける味。全国に分布する。
 アッケシソウ(厚岸草:ヒユ科)群落
 別名:サンゴ草
 (Salicornia europaea)

今は濃緑色の細い茎を立てているだけだが、あとひと月もすると先端が穂状になり紅紫色に紅葉する。塩水に耐性があり、海水の入る湖沼で育つ。和名は釧路の近くの厚岸湖で最初に発見されたことによる。

背後の山は幌岩山。ここで、ランの一種、トラキチランを探したのだが、見つけられなかった。
 
9年前、道東の山々(雌阿寒岳、斜里岳、羅臼岳)に登った時、小清水原生花園に立ち寄った。ハマナスとともにエゾスカシユリが満開で、オホーツク海からの風に揺れていた。ワッカ原生花園はエゾスカシユリの最大の群生地であるが、今回は時期が遅かったので、残念ながら会えなかった。その近縁種であるスカシユリ(透百合)は佐渡島や東北の沿岸部に分布する。下の写真は7月初め、青森県の種差海岸を訪ねたときのもの。
 スカシユリ(透百合:ユリ科)
 (Lilium maculatum)

砂浜地に生えるエゾスカシユリに比べ、岩場に生えることが多く、このためイワユリ(岩百合)とも称される。

昨年、岩場に咲くスカシユリを撮影しようと、新潟県北部の荒川流れを訪ねた。歩いて近づけるところはまだ蕾だったが、ほぼ垂直に切り立った岩壁に数株咲いているのが見えた。ドローンを飛ばして撮影できたが、機体は木の枝に引っかかり、そのまま海中へ墜落。折角撮った映像も海の藻屑と消えてしまった。

最後までご覧いただきありがとうございました。

★新刊ご紹介: 「うめしゅんの世界花探訪」
梅沢俊氏が昨年12月に北海道新聞社から出版されました。青いケシを含む世界の花々と日本各地の希少種を掲載しています。
今回の花便りで取り上げたカムイビランジも本書に触発されたものでした。映像のきれいさはもちろん、軽妙なコラムも秀逸です。

画像をクリックすると拡大します。 ご注文は書店か北海道新聞社まで。 (税抜き2,200円) 


★新刊ご紹介: 「ヒマラヤ植物記 Ⅰ、Ⅱ」
4月に亡くなった吉田斗司夫氏の遺作となりました。彼がこれまで花を求めて歩いたネパールやブータンなどヒマラヤ各地の記録です。
旅行記としてだけでなく、現地の人たちとの交流、トレッキングの状況など、これからヒマラヤで花探索を行おうとする人には必携の書です。

 画面をクリックすると拡大します。ご注文は書店か平凡社まで。 (各4,180円税込)
(注:9月末までなら2冊同時注文で7,000円で買えます(税・送料込み) 注文書はここをクリックしてください) 


★予定変更: 演能「山姥」が延期になりました
社中で新型コロナに感染された方があり、また急増している感染状況を鑑みて春綱会能発表会が来年5月1日(日)に延期となりました。
予定されていた方には申し訳ありませんが、ご理解の程、よろしくお願いいたします。なお、会場は変更なく、国立能楽堂です。
この間、さらに稽古を積んで万全の舞台を務めたいと思います。期日が近づきましたら、またご案内を差し上げます。


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2021.9.7 upload


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